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2019. 04. 24  
オールブラックスのソニー・ビル・ウィリアムスと言えば、数年前
パナソニックに入ってプレーした時、「ラインアウトの最後尾を
超えるオーバーボールCTBの位置から走り込んで捕り、その
ままトライした場面があったが、あれも50年前に私が発案NZ
披露したものであり、「1968年の全日本のプレーの映像は、
確実にNZに残っており、参考にしている」と確信したものである。
このように「ボール保有率が少なくても、前へ出て積極的に
仕掛けに行くのも
、『接近戦』のひとつ」ではなかろうか。
ただし、「ラインアウトスロアーの正確な投球と、このボールに
追いつくCTBの10mのダッシュ、および捕球の練習が必要」
なのである。


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2019. 04. 22  
次の『意図的なオフロード』としては、たとえば「1CTBが、少し
斜め外に走り、外にフェイントして縦の真っ直ぐに立て直せば
身体半分抜ける。そこへアラカジメ1CTBの内カゲについていた
FBが、すぐ1CTBの外ヨコに入れば、必ず抜けるのではないか。
このわかりやすい例としては、「ちょっと前のオールブラックス
SOクルーデンが内側を抜きに行き、捕まりながらもソニー・ビル
・ウィリアムス
につないで、トライさせたもの」と同じく、『段取りを
つけておいたオフロード』という日本式のやり方
」であり、特に
あの身体のクルーデンは「1968年のジャパンの映像」をみて、
参考にしたものと推察されるのではなかろうか。
これに比べ、「カーターとノヌーのオフロード」は、カーターが勝負
に行き、捕まっても一瞬立ってられるので、捕まってからノヌーを
探してつなぐ『結果論的オフロード』
と、言えるのではなかろうか。


2019. 04. 20  
さて、『接近戦の種類』だが、次のようなことがあるのではないか。
内側を抜き去る(足が遅いので、外を抜くのは困難)」には、
「まず斜め外にコースをとり、ディフェンサーと50㎝以内になった
時に、顔、上半身を更に外側に向けフェイント敵の身体外に
傾いた瞬間
、コースを真っ直ぐに立て直せば、守備の腕が残って
いて絡んでも、縦に走る力の方が強く、抜ける」のではなかろうか。
(この時、守備側に触れられずに抜こうと、内側に向かって走る者
が居るが、敵の逆をとっているので、次のコースが取りやすい「真っ
直ぐ」の方が正解

但し、この際でも「抜けきれない場合」を想定し、「低い姿勢で、
突っ切ることを目指せば、守備側は引くしかなくなり、逆にその力
を利用して前転してしまえば守備側のバインドは外れ、一番ゲイン
を切る
」ことには、ならないか。また、この意図を最初から味方に
伝えていれば
、前転の後、ボールをつなげる」のではないか。
このように、どんどん考えてみよう、、、(


2019. 04. 14  
足の遅い方攻撃側になった場合、「鬼ごっこ」でも経験する
ように、少々『間合い』があっても、すぐ『守備の間合い』に詰め
られて、逃げられないことは、ご存知のとおり。
しかし、「15人制ラグビー」は「鬼ごっこ」とは違い、タッチ、或は
捕まっただけでは、プレーが終わったわけではない。
そこで、「足が遅ければ、アタック側から敢えて近づいて、すれ
違いざまに仕掛け」、さらにそこで、「上手くボディコントロール
ができ、ボールコントロールができて、味方につなぐ
」ことが
出来れば、役割を果たせたことになるのではなかろうか。
この接点での、様々なボディコントロール、ボールコントロール
最初から、意図をもってやり、敵をかわすことが、『接近戦』であり、
これこそが、「足が遅くても、やれることは一杯あるよ、接近戦!
ということではないだろうか。
さて、『どういう接近戦』が、考えられるだろうか。


2019. 04. 07  
では、「抜くことが出来る『攻撃の間合い』とは、どういう
ことになるのだろうか?」
まずより自分に走力がある(足が速い)時は、『守備
の間合い
』に入らない5m以上離れているところから、
位置の優位を消して行くように、横に迂回しながら
コース取り』、『走る速度』の変化をして行けば、守備
は、その動きに追随せざるを得ず攻撃側は、その間
走力での差をつけて、抜くことが出来る筈」ではなか
ろうか。
さらにスワーブ、ステップ、チェンジオブペースといった
スキルを磨けば、常に先手を取り続け、簡単に抜くこと
が出来るようになる筈ではなかろうか。
問題は、攻撃側の足が遅い場合では、なかろうか。
さて、これは、どうする?  また、次回に、、、


プロフィール

Yokoi Akira

Author:Yokoi Akira
横井章(よこいあきら)

ラグビークリエイター
現役時代は左CTB、ジャパン10年で
17キャップ(キャップ対象が少なかった)

1968年オールブラックス・ジュニアに勝利

1970年以降5シーズン代表主将(歴代最長)

1973年英仏遠征、日本ラグビー初の海外
テストマッチ、世界最強のウェールズと対戦
上の写真は、その時の幻のトライ

2000年現場へ戻り、100数チームを指導

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