2017. 05. 28  
イチ横』の詳細に入る前に、まず提供された動画と私の拙い写真を今一度確認してください。
動画は、インターネット画面を開いて貰い、ブログに記載のURLに入れ替えて貰うと見れる筈。トライシーンの最初から2番目イングランドとのゲームでトライしたモノである。また、 私の写真では、不明瞭ながら、私にタックルに来ているディフェンサーの手の位置、さらにボールの位置を確認して下さい)

即ち、動画と写真を確認して貰うと、CTB横井SO蒲原からほぼフラットでパスを受け、そこから更に前へ出てディフェンサーの手が届く直前にボールを放し、自分はタックルを受けて後ろに飛ばされるので、ボールが前に残ってスローフォワードみたいに見えるが、パスした時は真横で滞空パスをしたものなのであることがわかる筈。そして、それだけ前へ出て植山ツナイデいるから、白く見えているバッキンが届かなくて抜け、トライに向け走り込んでいるところがわかるでしょう。

このプレーが出来るようになるのに必要なスキルは、、、
まず低い姿勢で、肩でタックルが出来るようになること(これでコンタクトの怖さを克服出来るようにすること)
上記姿勢アタックで人に当たる時にも出来るようにし、なおかつタックルを受けたあとの受身の動作も練習して、怖く思わなくなるように鍛える
パスは、自分の真横よりやや後ろ目に『滞空パス(空中に浮いて漂うようなパス)』が出来るように練習すること

以上であるが、昔はディフェンスの位置が5m下がっていなかったので前へ出るのは少々難しかったが、現在は容易に前へ出られる筈。また、現在のディフェンサーは内から追ってくるので少し敵の外肩の方向へブロック気味のコースをとるのも出来る筈。
FBが入る時は、CTBの陰から入るように近くに寄って入れば、敵は詰めては来ない筈。それでも詰めてくれば、その外側で2CTB、或いはウィングが余る筈。さらには、エキストラマンブラインドウィングを使えば、FBも外側で使えて、さらにチャンスがひろがる可能性あり。

このように、ふたつ以上の選択肢がある『ムーブ』を、攻守が接近した中仕掛ければ、必ず成功する確率が高くなる。すなわち、FWが固まって居るセットの第一次アタックでやれば、そのシチュエーションは繰り返し練習して出来るわけだから習熟が進み、バッキンを振り切る前へ出た位置でやれば、ますます確率は増していくことになる。
是非とも、この『簡単で力強いサインプレー』に習熟すれば、敵陣何メートルからは、セットのファーストフェイズで『一発とり切りのBK攻撃』を持つことになり、ゲームメイクの向上にも大いに貢献できる筈。

スーパーリーグで苦戦しているサンウルブズなんかでも、「使えるのになー」と思うのは、私だけなのだろうか?(


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2017. 05. 27  
さて、ウェールズ転戦を終え、イングランドに入った全日本は、あの1971年日本での「両軍ノートライ・3-6の因縁の試合」、個人的には、あのゲームに出場できなかった私の「逃した機会」の雪辱を期し、1973年10月13日ラグビーの聖地・トゥイッケナムでの2年ぶりのテストマッチに望んだ。

対するイングランドも、23才以下と言えど数人の本代表が入っており、また他の若手も、その後本代表に選ばれた選手ばかりで、また敵にとっても日本で苦戦をした経験を持ち対策を講じて来たチームであって、さらに「本国での戦い」ということでは、その気合の入れっぷりは遥かに凄まじく、1971年の時よりは、より厳しい相手であるという状況に変わりはなかった。

すなわち、1971年時には、日本のシャローディフェンスが厳しいのでFWでの攻撃を仕掛けてきたが、それも止められたので、この時は、身長差を生かして、ハイパンで前に進み、我々の頭の上でプレーする戦略をとって来て、これで『防ぎようのない3本のトライ』を取られた記憶がある。

これに対して日本は、例による少ないボール獲得率の中での最小のアタック機会を捉え、前回ブログに出したスクラムからの『イチ横』での植山トライと、BKに回して坂田がボールを後ろにソラスもカバーした植山が逆にチャンスとなって抜け、それに2~3人のサポートがついて走ったために植山がパスダミー二本目のトライを取り、10-16と肉薄、さらにPGを狙う機会も2~3回あったが山口が外し、結局10-19で、またもや「敵地でのテストマッチに勝つという・大魚を逃がした」のであった。

ついては、この時の「敵にわかっていても、トライを取りきれる『接近イチ横』が、どうすれば出来るか?」を、近年、スクラムでは、 敵のディフェンスが5m下がっているのだから、『より簡単に出来る筈のイチ横サインプレー』について、詳しく書いてみよう、、、(


2017. 05. 23  
昨日の写真が、あまりにも酷いので、可哀そうに思って頂いた方からコメントあって、動画の検索につき、情報提供がありました。(著作権問題などないと思いますが、もし懸念されるなら、ご自身の判断で、お願い申します)

<THさんからのコメント : 今回の記事について心当たりがありましたので、伝えさせて頂きたく、コメントしました。横井さんがアップされた画像についてYoutubeに、これだと思われる映像が上がっていたので、URLを貼らせて頂きたく存じます。最初の3つが、1973年のウェールズ戦、イングランドU 23戦のトライシーン抜粋です>

「ラグビー日本代表、テストマッチ、トライ集」
https://m.youtube.com/watch?v=qHo9sLMNYcY

2017. 05. 22  
またもや、拙い、酷い写真で申し訳ありません。(良い映像は残っている筈ですが、今の私の手元の動画もひどく、そこから引っ張り出す技術もないのでこんなモノしか出来ませんでしたが、ご勘弁のほどを、、、)

1973年英仏遠征イングランド戦接近プレーイチ横(1CTB横FB)』で、植山トライの写真です。ゲームの概況は、次回に、、、

DSCN0118[1]
1CTB横井がイングランド選手の手が届く直前に、ボールをパスしたところ

DSCN0120[1]
FB植山が、横井にタックルした選手の肩横のボールに、走りこんでいる

DSCN0121[1]
横井がタックル受けたのを尻目に、バッキンを振り切り、トライに向かう植山   

2017. 05. 18  
英仏遠征時に、32才になっていた私は、それまでのラグビーゲームでは、捻挫以外は、ほとんど怪我をしなかったが、この時ばかりは、初の欧州遠征の主将という重責を担いながらも、アマチュアで会社業務も忙しくなり遠征前の準備、練習に十分な時間もとれないまま、飛行機の飛び乗ったような状態だった。そのツケモロに出て、第一戦で膝をケガし、今度こそ『イングランド来日時欠場の二の舞』は絶対犯すまいぞと、必死にリハビリに励んだ結果、ようやくウェールズとのテストマッチには間に合わせたのだった。

そして今迄経験 し得なかったニュージーランドよりはるかにデカくて、モール主体ボールの所有を続けられ、頭の上でのプレーに悩まされて絶望的なポゼッション状況の中、さらに見とれてしまうほどのスピードの差に唖然とし唯一シャローディフェンスが届かなかった深いラインのBK翻弄されたが、幻のトライを含めれば、BKで3本トライをとったという意地を見せたゲームだったように思う。

そして、これらの経験を活かし、全員が帯同 している遠征中の方が、コンビネーションが取れて来て、必要なスキルを、 共有出来ていくという面もあり、早速モール対策としては、とにかくディフェンスは倒 し切る、BKディフェンスは前に出るのは変えず、敵ラインの状況により『立つ位置、追い方』を変えることとし、アタックで捕まった際は、ラックにして『ボールは両手で股の下』を徹底したのだった。

さらには、ベテラン選手が、若手選手に、タックル、セービング、パス、キックなどの基本スキル指導して、その精度を上げていくことにしたのである。
しかし、ここで早くもベテラン選手が感じたのが、若手とのジェネレーション・ギャップである。
どのプレーも、とにかく姿勢が高く動きが鈍い、これでジャパンの選手かという者も見受けられ、また練習させても再現性がない。たとえば、プレースキックのルーティンを教えても、「横井さん、こんなんフィーリングですよ」と、逆に言われてしまう始末だったのである。

さて、次のイングランドでは、どうなったか、、、


プロフィール

Yokoi Akira

Author:Yokoi Akira
横井章(よこいあきら)

ラグビークリエイター
現役時代は左CTB、ジャパン10年で17キャップ
    (当時は、キャップ対象試合が少なかった)

1968年、オールブラックス・ジュニアに勝利
1970年以降5シーズン日本代表の主将を務める
    (いまだに、歴代最長記録)
1973年、英仏遠征、日本ラグビー史上初の海外
     テストマッチ、当時世界最強のウェールズ
     と対戦、写真は、その時の幻のトライ
2000年、現場に戻り、100数チームにアドバイス

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