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2017. 10. 29  
10月28日ジャパン世界選抜のゲームが行われた。この『アタックのシリーズ』で、なぜ『この世界選抜戦』をとりあげたかと言うと、「10月11日掲載のシリーズ④」にある『アタッキング・ディフェンス』に、関係があるからである。
実は今回、2016年度のスーパーラグビーで優勝したNZ・ハリケーンズのコーチを、ジャパンのディフェンス・コーチに招き、ハリケーンズが採用成果をあげた『前へ出るディフェンス』を導入して、これが最初のゲームであると聞いたからである。
「ようやく、私達が手塩にかけた『日本のディフェンス』が戻って来たか」との感慨ひとしきりだったのである。

ブログで何度も披露しているが如く、この『極端なまでに前へ出る・シャローディフェンスの起源』は、実は50年前1968年にNZへ初遠征した全日本が持ち込んだシャローディフェンス・システム』なのである。
小よく大を倒すラグビー」の戦術で、『シャローディフェンスと接近アタック』を3年かけて磨き上げ、みごとにオールブラックスJrに23-19で勝利したものだからである。
当時のニュージーランド人が想像したこともない程のシャローディフェンスはまさに20%対80%というポゼッションの中、このディフェンスで攻撃するがごときの激しいタックルで、敵プレーヤーの度肝を抜き、プレッシャーでミスを誘発させてディフェンスでトライをするというゲームで、彼らに強烈な印象を与えたのである。

そして、このゲームの映像NZ協会撮影しているに違いないにも関わらず、以後一切「フィルムは存在しない」とし、いまだ日本側には届いていないのである。
NZでは、『敵の素晴しい戦略、戦術』には敬意を払い、徹底的に研究して、自チームの向上に資すのは当たり前のことであったが、当時それほどまでの評判がなかったラグビー小国・ジャパンに、 負けたのを余程恥じたのか、研究してる事さえも極秘にしていた節があったのではないかと、推測されるのではなかろうか。
その証拠に、ブログでも種々紹介しているが如く、全日本が世界に先駆けて開発、当時のNZ各地で披露したサインプレーが、その後のニュージーランドで多く見受けられ、また逆に、「なぜ日本では、あの当時の素晴しい全日本ラグビーをやらないのだ」と言われる始末だったのではなかろうか。

故に今回、大きな柱の一つ『シャローディフェンス』が逆輸入され戻って来たということで、こんな喜ばしいことはないとワクワクしているのである。
ただし、世界選抜戦も27-47と敗れ、そうは簡単に修得できるディフェンスではないので、心配はしていないが、あと2年シッカリ鍛錬し身につければワールドカップにも明るい展望が開かれると、期待してやまないものではなかろうか。


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プロフィール

Yokoi Akira

Author:Yokoi Akira
横井章(よこいあきら)

ラグビークリエイター
現役時代は左CTB、ジャパン10年で
17キャップ(キャップ対象が少なかった)

1968年オールブラックス・ジュニアに勝利

1970年以降5シーズン代表主将(歴代最長)

1973年英仏遠征、日本ラグビー初の海外
テストマッチ、世界最強のウェールズと対戦
上の写真は、その時の幻のトライ

2000年現場へ戻り、100数チームを指導

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