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2018. 10. 30  
新生ジャパンのコンセプト・『接近、連続、展開』を、どのように実際の現場で、実践させることが出来たのか?

そこには、 その考え方を「見本」となって、体現することが出来た選手達が、 居たのである。それは1962年~65年の日本ラグビー界で、大学Bブロック転落から日本選手権優勝の4年間に、「身体および身体能力で劣勢だった早稲田大学で、伝統的に継承されていた『ゆさぶり・展開ラグビー』と、その低迷期に、どうしても勝たねばならぬ戦略、戦術として導入していた戦い方」というのが、ほぼ同じく「小よく大を倒すラグビー」だったのであり、実際には1年でAブロックに復帰、その年の早明定期戦では、Aブロック優勝の明治大学Bブロック優勝の早稲田大学が撃破し、「A、Bブロックに分ける必要があるのか?」の物議を醸した戦術だったのである。

そして、早稲田の監督だった大西鉄之祐が、次の課題であった「統一されたコンセプトを持つ新生全日本」を構築するために監督に就任、世界の強豪相手に通用する戦い方として整理、再構成して、「夏の全日本合宿」に持ち込んだのではなかろうか。

では「どんな早稲田の選手が、どんな見本を見せたのか」を例にとって説明すると、これは、1968年のオールブラックスJr戦全日本メンバーの中の早稲田出身者を見てもらうと、わかるのではなかろうか。

たとえば、「敵との無用なコンタクトを避け、スクラムでのマイボール獲得と、 素早い展開(連続、展開)」、これを可能とする『ダイレクトフッキング』、この見本を見せたのは「第一列の、猿田、後川」だったのではなかろうか。

『世界中で見たこともないシャローディフェンス守備の接近)』、この見本を見せたのは、「CTB⑫の横井とフランカー井沢

『当時では世界においてもオリジナルFBライン参加のサインプレー・カンペイ攻撃の接近、連続、展開)』、この見本を見せたのは、「CTB⑫の横井とFB万谷」ということではなかろうか。


プロフィール

Yokoi Akira

Author:Yokoi Akira
横井章(よこいあきら)

ラグビークリエイター
現役時代は左CTB、ジャパン10年で
17キャップ(キャップ対象が少なかった)

1968年オールブラックス・ジュニアに勝利

1970年以降5シーズン代表主将(歴代最長)

1973年英仏遠征、日本ラグビー初の海外
テストマッチ、世界最強のウェールズと対戦
上の写真は、その時の幻のトライ

2000年現場へ戻り、100数チームを指導

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