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2018. 10. 31  
さらに最初の全日本夏合宿時の、BKの状況を、もう少し詳しく述べてみると
当時は法政大学が、「第一回大学選手権決勝で、早稲田を破って優勝し、体力、走力とも優秀な選手が多かったので、次のようなメンバー構成になっていたのである。⑨大久保、⑩桂口、⑪坂田、⑫横井、⑬尾崎、⑭伊藤、⑮竹内。すなわち、⑪坂田(同大)、⑫横井(早大)の二人のほかは、全部法大出身者だったのである。

実際に、 左オープン攻撃時のラインに並んでみると、法大、同大のラインは深く早大の横井だけがフラットラインの位置に居た、すなわち、⑩桂口、⑬尾崎(当時CTBは、左右にわかれていて、右CTB)が深いラインを引くと、3人目の⑫横井(左CTB)は、尾崎より前に位置し、そして坂田はまた深くなるという、まさに凸凹ラインになったのである。

そして、尾崎が「おい横井、なんでお前、そんなところに居るんや」と言って来たのに対し、横井は「いや、俺は足が遅いから前に居ないと、あんたより遅れるやん、ただ短いダッシュは出来るから、前で待ってて、すぐ合わせるから、、、」と言ったのである。
そして今度は、横井が坂田に対し「お前、なんでそんな深い位置に居るの?俺はフラットにしか放らへんで、、、」と言ったら、坂田は「へー、フラット!! お前のパスは受けにくいなー」と返したので、 横井は 「イヤー、 そやけど、フラットまで出て来て受けたら、もうバッキンを振り切ってトライやで、、、」と言って、前へ出てくることを促したのである。

そうして最終的には、「早稲田のフラットライン」に近付けていったのである。


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プロフィール

Yokoi Akira

Author:Yokoi Akira
横井章(よこいあきら)

ラグビークリエイター
現役時代は左CTB、ジャパン10年で
17キャップ(キャップ対象が少なかった)

1968年オールブラックス・ジュニアに勝利

1970年以降5シーズン代表主将(歴代最長)

1973年英仏遠征、日本ラグビー初の海外
テストマッチ、世界最強のウェールズと対戦
上の写真は、その時の幻のトライ

2000年現場へ戻り、100数チームを指導

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