2014. 01. 19  
昨日サントリーヤマハが終了間際まで、19―19の大接戦、その直前のヤマハのトライの後のコンバージョン(確かに難しい位置ではあったが、今
リーグ得点ランク位の五郎丸には成功可能?)が決まっていれば、ほぼ ヤマハ21-19サントリーで決着していたところ。しかし外れて、両軍得点しなければ勝てない展開で、ヤマハがホーンが鳴った後に、最終キックパスでトライを狙ったが、バウンドが逆に来てサントリーのウィングの手の中にすっぽり、あと90メートル走られてゴール前で捕えるも、ヤマハのペナルティで、サントリーがショットを入れ、サントリー22-19ヤマハノーサイド

ここでの私の疑問は、ヤマハはなぜ点の取れていたモールで行かなかったのか?リメイクモールは練習してなかったのか?最後にキックパスを選択するなら、前に転がるキックを何故できなかったのか?シーズン中ペナルティを五郎丸のショットに頼りすぎて、五郎丸の究極集中力に悪影響があったのか?

これに対し、昨年12オールブラックスの年度最終・アイルランド戦では、ノーサイド30秒前まで17-22と負けていたオールブラックスが、自陣から11回のラックと24回のパスをノーミスでつないで1分51秒かけてトライ、そして最後の入れれば逆転のコンバージョンを、クルーデンが狙い、はじめはアイルランドのアーリーチャージで外すが、2度目はキッチリ入れて、オールブラックス24-22アイルランド大逆転勝利にて、年間15全勝・無敗を達成した。1995年のオープン化以降、シーズン全勝は初の快挙

さて、何時も申しているように、「勝ちには勝ちの、負けには負けの理由あり」オールブラックスは2007年のワールドカップ準々決勝・フランスに敗退したのを猛反省し、メンタルトレーニングを取り入れて、それを一番先頭に立ってやったのが、キャップテンのリッチ―マコウだったという。
ジャパン戦で見せた福岡へのタックルでトライを阻止の執念と同様、アイルランド戦でも最後まで諦めず、顔面血だらけの奮闘で味方を引っ張った

何が違うのか?これは何時も言っているように、どれだけ其シチュエーションを予測して、戦略・戦術を準備し、訓練し、それを後ろ盾とした「」の強さで、「どうゲームを創れるのか」を、「出来たか、出来なかったか」の違いではなかったろうか?
勝負の綾」はあるのでもなく、持っているのでもなく、『自分で持ってくる
ものではないだろうか?


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プロフィール

Yokoi Akira

Author:Yokoi Akira
横井章(よこいあきら)

ラグビークリエイター
現役時代は左CTB、ジャパン10年で17キャップ
    (当時は、キャップ対象試合が少なかった)

1968年、オールブラックス・ジュニアに勝利
1970年以降5シーズン日本代表の主将を務める
    (いまだに、歴代最長記録)
1973年、英仏遠征、日本ラグビー史上初の海外
     テストマッチ、当時世界最強のウェールズ
     と対戦、写真は、その時の幻のトライ
2000年、現場に戻り、100数チームにアドバイス

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