2010. 10. 17  
では「現在の裏通しが、なぜ通用しないか?」 いま行われている裏通しの多くは、裏でもらう選手の位置が深く、ずれてはいても、抜き去るまで行かず
いまだディフェンスの面を破っていないのが多いからである。
これでは、走力、体力で劣っている者がトライまで持って行けない。

私も早稲田でやり始めた最初は、そんなもんであったが、当時のディフェンスはスクラムの最後部の線から出てくるうえ、
ニュージランドのチームは、その後方のバッキングアップの層がさらに厚く、深い位置でのエキストラマン投入は通用しないと考えた。
そこで、自分は1CTBとして前に突っかけ、FBが出て来れる時間を稼ぎながらも、ほぼ2CTBとフラットの状況で、どちらかにパス出来るようにし、パスを受けたものはバッキングアップを振り切っている状況になるまで浅い位置でやることを追求したわけである。
なおそれでも、1968年ニュージランドでやって、オブストラクションをとられるようになると、さらに2CTBの前を通すというように進歩させたのである。

そのために、どういう動きが必要かと言えば、「自分が前に出て横に走れるようにする・フェイントと横走り、そして外側の状況を見れるように自分の対面との関係は感覚だけでとらえ、タックルされる直前まさに0㎝でパスを正確に出来るようにしなければいけない、そしてパスした後はディフェンサーにタックルされ無残にも転がってしまうわけだが、それでも怪我なく起き上がれなければならない」ということであり、受けるFBも「そこまで前に出てきて、なお且つディフェンスの空いたスペースへ走り込みながら、私からのパスを受けられなければならない」ということであった。結局、1967~74年の間、ジャパンで私とコンビを組めたFBは「萬谷、山本厳、植山」という早稲田OBであった。

そして、ニュージーランダーにしてみれば「1CTBでドンピシャのタックルをする、今迄経験したことのないシャローディフェンス」「接点で、ボールを動かすにはオフロードパスしか思い浮かばない彼らにとって、想像だにしなかった・接点直前の0㎝でボールを動かすアタック」に面食らったのであり、いまだに語り継がれているのである。

なお、これは当時のジャパンで、スタンダードなムーブ以外では、ただ
ひとつだけ10年かけて進化させた特別ムーブ・「カンペイ」

を「例」にとっただけで、サインの形としては、ほかにたとえば「スタンダードな1CTBの近くにFBをいれる・いわゆる1ヨコ」でも、また先日書いた「私が開発した外ループ」でも同じ「身体の使い方」で、「味方を接近プレーで抜かせることが出来る」のである。だから、「形」が重要ではない、図に書くことも重要じゃないということが、これでおわかりでしょうか。

しかし、これをいまのプレーヤーに「再現」して貰おうと思っても、大変難しいのである。というのは、例えば、これも再々書いているように、ジャパンのプレーヤーでも、「前にディフェンサーが来ると片手を出して自分の身をかばう、ということは、その瞬間ボールをプレーすることを放棄してしまうことであり、まして味方を見続けて正確なパスを放るなんて出来るわけがない」
だから、このような「悪い癖」を直すのは、「一旦間違った箸の持ち方になってしまっている人を直すのと同様に、至難のワザであり」私がまだ直せる可能性がある、中・高・大学生しか教えない所以である。
まさに、「百年河清を待つが如し」であるが、こういうことが出来るために、どういうことを教え、やらさなければならないかは、全く「現場で、現物を見て、現実的に考える」しかないのであり、それをひとつひとつクリアして行き、その成果を積み上げていくしかないのである。

そして、それを積み上げたプレーヤーが二流外人を凌駕してジャパンになり、その彼等が「日本オリジナルなラグビー」をしなければ、世界に認められる「ジャパニーズ・スタイル・ラグビー」は生まれないのである。

ちなみに、現在兵庫県豊岡市で行われている「野生コウノトリ繁殖活動」を思い浮かべて頂きたい。
日本国内のコウノトリは減り続け、1971年には豊岡市に残った国内最後の一羽である野生個体を保護するが死亡。このため人工飼育以外のコウノトリは国内には皆無となり、さらには1986年に飼育していた最後の個体も死亡し、国内繁殖野生個体群は絶滅した。減少の原因は化学農薬の使用や減反政策など、複合的な原因により生活環境が失われたと考えられる。(横井注:いまの若者の心と身体と身体能力が、環境の変化で変わってしまって、接近プレーが消滅したのと同じ?)兵庫県では1992年に野生復帰計画が開始される。動物園やロシアからコウノトリをもらい受け人工繁殖させるとともに、一番厄介な「コウノトリが棲息出来る環境づくり」に全市一丸となって、取り組んだのである。
(横井注:ラグビーもラグビー界をあげて、自らを取り巻くあらゆる環境を、改革・改善する必要があるのでは?)
そして、2005年には世界初の放鳥(餌をとるなどの訓練をつんだ8羽の中から選ばれた、2~7歳の雄2羽と雌3羽の計5羽)が行われ、野生個体絶滅から34年ぶりにコウノトリが大空に羽ばたき、さらに、「コウノトリの野生での巣立ち」は2007年であり、計画開始からは、実に25年の年月がかかったのである。

故に私も、自分一人では出来ない問題であり、ラグビー界の皆さん方の、大いなるご支援を賜りたいと「魅力ある日本オリジナルなラグビー創造運動」を進めているわけであり、そのためにも、 このブログも立ちあげたわけである。よろしくお願い致します。

では、私は「いまのプレーヤーが『アタックの接近』に取り組むためには、一番最初に何が出来るようにしてほしいと思っているでしょうか?」が、今回の質問です。何回か言ってますから、ブログから探してもらっても良いですよ、、、
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最初に
いつも楽しく拝見させていただいております。
最近の熱い議論ものすごく勉強になります。

まず最初にできるようになってほしいことといえば、
姿勢を作ってタックルできるようになることでしょうか?

日本代表にもこういう自分たちの強みをもったプレーを目指して強化していって欲しいと願うのですが、今のままの流れだと難しそうですね。
まず体型
私が見て体型が違うことですね。結果として。
いまの中高生をみると
1)足長である
短足の選手が少ない。オフロードパスをするのであれば
手足が長いという優位性が見られる。
しかし「接近」「ズレ」を生むプレーをするには
強靭な足腰と敏捷性を維持するしかない。
結果として、体型の違いが出てくる。
アプローチの方法は別として、横井さんのイメージ
を体現するには、「低い」プレーができ
強靭な肉体をつくり「手足」の長い選手が嫌がるプレーを
するプレーヤーを創るしかないないと考えます。
横井さんの体躯を見たことありませんが、基礎的な部分で
プレーの方向性を決めるのはやはり「日本人にあった
体の使い方」ではないでしょうか。
食事・トレーニング方法等が劇的に変貌を砥げ、体型が変化しているが「同質化」していると、長所短所が相手と同じに
なる。「低く・早く」のイメージが、60年代70年代と変わっているような気がします。


タックルの違い
私は外人と戦ったことはありませんが、
相当低い相手に対して、いかなるタックルをするのか
興味深いです。
バインドが難しい相手にいかなる「手立て」を講じるのか。
腰高であれば「外人」の餌食になるのは明白ですから。
沢山の要素
ゆっくり列挙していきますので
横井さんも「答え」を小出しに・・・。
(苦笑)すみません、時間ください。
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プロフィール

Yokoi Akira

Author:Yokoi Akira
横井章(よこいあきら)

ラグビークリエイター
現役時代は左CTB、ジャパン10年で17キャップ
    (当時は、キャップ対象試合が少なかった)

1968年、オールブラックス・ジュニアに勝利
1970年以降5シーズン日本代表の主将を務める
    (いまだに、歴代最長記録)
1973年、英仏遠征、日本ラグビー史上初の海外
     テストマッチ、当時世界最強のウェールズ
     と対戦、写真は、その時の幻のトライ
2000年、現場に戻り、100数チームにアドバイス

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