2014. 05. 19  
もう一つ、分かりやすいがあるので、それも取り上げて、説明してみよう。
それは、50年前の早稲田大学でやり始めた「カンペイ」というサインプレーである。

これは、現在のムーブ名で言うなら、2CTBのところでFBを入れる・いわば
裏通し」であるが、私が早稲田大学に入ってラグビーを始めた年生の時に、年先輩の年生が発案し、それを私が大学3~4年生になった1964~65年当時、早稲田大学の監督でもあった大西鉄之祐氏が「全日本候補の夏合宿」当時のジャパンはテストマッチもさせて貰えなくて、毎年ジャパンというのも選ばれなかったが、1968に全日本でのニュージーランド遠征が決まり、オールブラックス・ジュニアとの対戦も決まったので、全日本候補が統一的な戦略「接近、展開、連続」のもとで、夏合宿が行われるようになったもの始めた時メンバーに選ばれ、当時の全日本BKプレーとしては、早稲田方式を持ち込んで、このカンペイを「日本オリジナルサインプレー」として使い、スタンダードな「ループ」などと違う特別なムーブとしては、それ以降10年以上にもわたって、このサインプレーひとつで、何時いかなる時にでもトライを取れるところまで習熟し、完成していったのである。

即ち、現在の裏通しとは「ラインの深さ走るコースパスタイミング」などが、似て非なるもので、さらにそれを、どんなシチュエーションからでも出来るように工夫を重ね、またニュージーランドで使い第戦目以降には、裏通しがディフェンスの邪魔と判断され「オブストラクション」の反則を取られるようになると、フラットでのツナギを徹底追及して、遂には、デコイの前を通してFBを抜けさせるというところまでに究め、進化させたものである。

但し、また先にお断りしておくが、それを説明することによって「昔のやり方」に戻れと言いたいのではない。

この「日本オリジナルなプレー」を教えるのは、今の日本ラグビー環境では難しいので、いま私は「カンペイをやれ」とは、アドバイスしないしルールも違い、プレーヤー能力違う現代に、それを文章で書いても、カンペイを伝えることが難しく、タダの自慢話にしか聞こえない(まだ、映像で見せればわかるかもと、DVD貸し出しはやったが、、、)、だから、 大西ラグビーのこともあわせて、書くことも封印し、いままでは「現場でなら、なぜ難しいか、少しは見せられますから、私を現場に呼んで下さい、現場であれば、詳細に説明しますよ」と言ってきたわけである。

長くなりすぎるので、この続きは、また次に、、、

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プロフィール

Yokoi Akira

Author:Yokoi Akira
横井章(よこいあきら)

ラグビークリエイター
現役時代は左CTB、ジャパン10年で17キャップ
    (当時は、キャップ対象試合が少なかった)

1968年、オールブラックス・ジュニアに勝利
1970年以降5シーズン日本代表の主将を務める
    (いまだに、歴代最長記録)
1973年、英仏遠征、日本ラグビー史上初の海外
     テストマッチ、当時世界最強のウェールズ
     と対戦、写真は、その時の幻のトライ
2000年、現場に戻り、100数チームにアドバイス

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