2014. 11. 23  
11月23日は、私の「ラグビー人生」にとっても、もっとも「記念すべき日」である。すなわち、中学、高校と「バスケットボール」をしていた私が、一年浪人後に早稲田大学に入り、身長が163cmであったことからオリンピック出場を諦めた「バスケットボール」から、全くの素人である「ラグビー」に転向し、経験7ヵ月一年生の身でありながら、なんと1961年11月23日の「早慶戦」にレギュラー・デビュー、早稲田のCTB(センター・スリーコ―ター・バック)として背番号12のジャージーを着て、秩父宮ラグビー場に立ったのである。

当時、上級生から手取り足取り、「早稲田ラグビー神髄」を伝授して頂き、また、ディフェンス重視で、いまだタックルしか出来ない(敵を仰向けに倒す・猛烈なタックルだけは出来たが、BKでありながら、ほとんどパスも、キックも、ステップも満足にできなかった)私を、出場させてくれた・監督が居られた「早稲田ラグビー」には、本当に有難かったと、いまだに感謝している次第。

その時の、勝敗も忘れてしまったが、ひとつだけ鮮明に覚えているのが、「敵ゴール前で抜けて、敵のFBと一対一になったが、ステップも何もできずに、そのまま体当たり、トライ出来なかった」ことくらいか。(

そして今日、毎年の如く行われた「早慶戦」、25-25の引き分け。出場した両軍メンバーにとっては、きっと「忘れ得ないゲーム」になったことだろう。
そんなところで、敢えて論評は避けよう、、、(


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プロフィール

Yokoi Akira

Author:Yokoi Akira
横井章(よこいあきら)

ラグビークリエイター
現役時代は左CTB、ジャパン10年で17キャップ
    (当時は、キャップ対象試合が少なかった)

1968年、オールブラックス・ジュニアに勝利
1970年以降5シーズン日本代表の主将を務める
    (いまだに、歴代最長記録)
1973年、英仏遠征、日本ラグビー史上初の海外
     テストマッチ、当時世界最強のウェールズ
     と対戦、写真は、その時の幻のトライ
2000年、現場に戻り、100数チームにアドバイス

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