2010. 10. 21  
アドバイス校の状況をメールしていたら、東京のオカ-チャン《横井注:大西夫人》から返信が入ってました。

<オカーチャン:メール有難う、相変わらず夜中に起きていますね~、
Rugbyの事は判らんけれど、皆さんの「熱心な心」は良くよく判ります。 
チン《横井注:早稲田大学時代のあだ名》も、遣り甲斐があって、、、
私も嬉しいです!!
さて 岡田鉄太《横井注:早稲田OB》からメールで(今スリランカで海外協力隊)アンダー14歳の40校の試合でプレートで準優勝した、といってきました。
まだRugbyを始めたばかりで、学校からジャージーを作って貰い 一番身体が小さいチームだったとか。スコアをみても本当に気合の入つたチームのようで、泊るのは小学校でゴザを敷いてごろ寝で、川で水浴びをして、野ぐそをした、というメールが、昨日来ました.いろいろなRugbyがありますね>

もう90歳に届きそうなオカーチャンが、海外ともメールをされているのですよ、東大生!(笑)
また、岡田君、頑張ってますねー。 私も、国内をいろいろ回っていると、「昔、 早稲田OBの○○さんに教えて貰いました」というのが、多い。

これも何度も書いたように、いま私が色々書いていることはみんな、素人だった私が早稲田に入って、グランドで先輩に教わったことばかりなのである。
特にバックスのタックル・パス・キックなど「基本プレーの教え方」は、素晴らしいものであった。そして、さらにそのまた先輩達が、外国の文献を読んで、また海外遠征もして、独自の「ゆさぶり」戦法を生み出したりしていて、それを伝えていたのである。
私が入った時の「ゆさぶり」(今で言えば「数次の展開プレー」)の練習を、
ちょっと書くと、、、
敵陣10mに入ったくらいのポイントからの15人のコンビネーション練習なのだが、BKはグランド幅半分くらいのラインから、全員でカットアウト、ウィングに渡った時は、まだ10mくらいタッチまであるのだが、そこでウィングは真横にスワーブして、タッチ際にダウンボール、そこまでFW8人ともが集まり球出し、その間にBKはラインを整備して、また全員カットアウトのオープン攻撃、そこへまたFW8人ともが走る。そしてゴール前に近づいても、絶対インゴール手前でダウンボールして、終わらせない。これを延々と行うのである。
また、この間にミスをすれば、「ハイ、最初からアゲイン」となったのである。
この練習の中には、フィットネス、ランニング、パス、二人以上の協力、など多くの要素が入っており、また実際自分達がゲームでやろうとすることを、ゲームよりも厳しいシチュエーションでやっていたのである。

いま、この練習をやれば、どんな感じになるだろう? いやいや、「こんなやれないこと」を練習させても、仕方がない。いま、そのチームがやることを練習させねば、、、

話がそれたが、このように、ある時代までは、こうして同じグランドに立つ先輩が後輩を教えることが出来たのであり、またチームごとに、その特徴を持っていたのである。例えば「明治はFWのノウハウ」を「慶応は魂のタックルのノウハウ」を連綿と伝承していたのである。
だから私は「早稲田はわかっているだろう」と思い、また「早稲田だけが強くなっても、切磋琢磨出来ないからイカンだろう」と、他校にアドバイスしていたのだが、、、
ところが、先日も話を聞いてびっくりしたように、早稲田でさえ、「なぜまっすぐに走らなければいけないんですか」という質問が出るという状況なのである。

この風潮をどうすればよいのか? 少なくとも大学では、先輩が後輩に、
的確に教えることが出来るよう、プレーヤー自身が「考える癖」をつけて欲しいものである。
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伝承・・・
歴史・伝統のあるクラブも創部当初は当然苦労していたはずです。K学大の春口さんのドキュメントが先日放送されましたが、やはり、「情熱」の継承が今に結実しているのでしょうね。しかしながら歴史あるクラブ出身者ではない私にとって、早慶明同志社などは憧れの的でした。みんなの知恵が、口伝なり「秘宝の書」となって今に至るわけですが、OBのみなさんが種を播く作業がまた違う場所で「花」開く。
そんな伝統に敬服し共感しております。「秘宝」の公開、
頼るわけではありませんが、ヒントをいただきたく、ブログ
を閲覧しております。
Re: 伝承・・・
是非、参考にして下さい。よろしく、、、
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プロフィール

Yokoi Akira

Author:Yokoi Akira
横井章(よこいあきら)

ラグビークリエイター
現役時代は左CTB、ジャパン10年で17キャップ
    (当時は、キャップ対象試合が少なかった)

1968年、オールブラックス・ジュニアに勝利
1970年以降5シーズン日本代表の主将を務める
    (いまだに、歴代最長記録)
1973年、英仏遠征、日本ラグビー史上初の海外
     テストマッチ、当時世界最強のウェールズ
     と対戦、写真は、その時の幻のトライ
2000年、現場に戻り、100数チームにアドバイス

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