2015. 01. 10  
2010.7.18なぜ、教えることができるのか?」
何回か前の記事で、「なぜ、私がおかしいと気付くのか」については、テレビのクイズにでもあるように「徐々に画面の絵が変化して行くのを見ていても、どこが変わったか?気付きにくい」が、「最初の絵と最後の絵を並べれば、 一目瞭然」となるのと同じで 、「26年間、現場を離れていた」からこそ「これ
おかしい」という事が、判然とするのである、と言ったが、、、

もうひとつの、「なぜ私が、ラグビーをどのように教えればよいかを、考えられるのか?」について言うと、それは、「私が、大阪市の滝川小学校では機械体操、また、旭東中学校、大手前高校では、バスケットボールをやっていて、早稲田大学に入ってから、ラグビーを始めた」からである。

そして、レギュラーになるにはどうすればよいか考え、「先ず肩でタックルいけるのがラグビーの基本」と考えて、「肩を作り、タックルを猛練習、6ヶ月後の早慶戦にデビューした」のである。その時、 「タックルだけで、パスもキックも うまく出来ない選手」を出場させる、「早稲田」も大したもんだと思った。
 
すなわち、小さい時からラグビーをやった人は「このプレーをどうやって出来るようになったか」なんて覚えていないのが、普通だと思う。ところが、私は「ものごころ」がついてから始めたので、「あのプレーが出来るようなるには、
どんな練習を考え、どうやって出来るようになったか」を思い出そうとすれば思い出せるので、それを、教えることが出来るのである。

但し、「今の若者の身体、身体能力、心の持ち方」をよく知らないと、自分が出来たからといって、それがそのまま適用できるとは限らない。だから、「私はこうやった」だけでは、「独りよがりの教え方」になってしまって、今の人には受け入れられない。

そこで、重要なのは、やはり現場で「今の若者の身体はどうなっている、どう動ける、或いは動けないのか、気持ちの持ち方はどうなっている?」などを、
詳しく観察し、分からなかったら、若者とコミュニケーションをとって、理解することが重要であり、それが出来て初めて、「彼らの琴線に触れるアドバイスの仕方」が、考えられると思うのである。ぜひ、指導者は、このことに十分留意願いたいものである。

だから、私が、外人コーチをあまり好きでないのは、「こういった、その国の
文化、環境など、その選手を取り巻くあらゆることを知った上で、即ち、その選手の全人格を考えてアドバイスしてあげないと、十分な指導は無理だろう」と考えているからである。

もうだいぶ前だが、宿沢がジャパンの強化委員長をしていて、初めて外国人コーチをジャパンのコーチに招請するというニュースが出た時、すぐさま彼に電話して「それはやめておいた方が良い」と言ったが、彼は「横井さん日本人がよくわかる外人ならよいでしょう」と言った。「日本人が理解できる?そんな外人が居るわけないよ」というのが、その時の会話と覚えているが、その後の現状は如何?

そんなことにも関連して、3年前に早稲田OB会報に書いた 、、、
「日本のラグビーを考えるⅡ」を紹介していこう。

< 日本のラグビーを考えるⅡ:横井章 >      2007.11.1

先日、この会報に掲載された「日本のラグビーを考えるⅠ」は、現役引退後
20数年現場を離れていた私が、面白くなくなった日本ラグビーを、何とかならないかと思い、7年程前にまだ修正が効くであろうと思われた高校ラグビーの現場に戻り、アドバイスしてみて、5年程前に書いたものであった。

その後大学、社会人チームの現場も見て回り、同様に感じたことがあった。また、ちょうど開催されたワールドカップでの「最新の世界ラグビー」も見て、やはり「日本独自のラグビー」を目指すべきとの持論を、再確認できたようにも思うので、書いてみた。日本のラグビーを、より魅力あるものにするためにご一考願えれば幸いである。

1.ワールドカップをみて

さすがにワールドカップ、強豪同士の対戦になると、そのファイティングスピリットはすさまじく、両軍の大男が地を這うような低いタックル、突っ込みで応酬し、その迫力は素晴らしいものだった。世界のラグビーでプロ化が進行し、身体づくり、身体能力を磨く時間をフル活用して作り上げた理想的な身体で、まさに格闘技とも思えるコンタクトプレー主流のゲームになってきているのを見ていると、とてもじゃないが日本人がいくら身体を作ろうとしても彼らには及ばず、コンタクトで体力を消耗する同じ戦い方をやっていては、未来永劫とも勝ち目はないと思い知らされるものではなかっただろうか。

しかし、「技で抜く、展開する、トライする」など、ボールゲームのラグビーとしての面では、世界のラグビーの魅力は乏しく、決勝トーナメントに残ったチームの中では、フィージーあたりにその片鱗が見られる程度で、シャンパンラグビーといわれるフランスでさえも、ニュージーランドとやる際は、勝ちに行くために展開ラグビーを封印し、ディフェンス中心、キック中心のゲームをしなければならなく、退屈なものとなる。但し、180以上の激しいタックルをやり通して勝ったディフェンスには、敬服に値するものがあるが、、、
だがしかし、コンタクト中心のゲームでは、ラグビー本来の面白さは半減であり、ラグビー人気の先行きは厳しいものになりはしないか。特に、日本国内で、世界と同様のゲームをやっても、二流のコンタクトでは迫力なく、人気の下降は免れないのでは?

昔に比べ、これだけ攻撃側に有利なルールになったにもかかわらず、両軍ノートライ、あるいはPGやDG中心のロースコアゲームにしかならないのは、まだまだ攻撃技術の進歩が遅れている、特にジャパンにおいては退歩しているとは言えないか。

そして言い換えれば、そこにこそ、ジャパンが世界のラグビーの中での存在感を示すことが出来る、即ち「日本人の特徴である俊敏性、巧緻性、耐久力を最大限発揮し、こんな面白いラグビーはどうだと、世界に提案できる可能性を、唯一持つチームではなかろうか」と、こんなことを思うのは、私ひとりだけだろうか。

なおさすがに、感心したのは、レフリングである。ゲームの流れを損なわない素晴らしいレフリーが、多かった。例えば、少々の反則が見られても、両軍がイコールコンディションなら、敢えてゲームを切らないようにみえ、流れに逆らうペナルティのとり方もなく、ゲームが継続されて、非常に見やすかった。
日本のレフリーの皆さんに、是非、より一層の精進を、お願いしたいものだと思った。

次回は、第2章「日本のラグビー現場を垣間見て」について書こう。


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プロフィール

Yokoi Akira

Author:Yokoi Akira
横井章(よこいあきら)

ラグビークリエイター
現役時代は左CTB、ジャパン10年で17キャップ
    (当時は、キャップ対象試合が少なかった)

1968年、オールブラックス・ジュニアに勝利
1970年以降5シーズン日本代表の主将を務める
    (いまだに、歴代最長記録)
1973年、英仏遠征、日本ラグビー史上初の海外
     テストマッチ、当時世界最強のウェールズ
     と対戦、写真は、その時の幻のトライ
2000年、現場に戻り、100数チームにアドバイス

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