2015. 01. 22  
2010.7.22ラグビーとサッカー
今年も猛暑の中、朝9時から夕方17時過ぎまで、毎日、数チームが、25分
ハーフのゲームを、1日10数回、5日間で延100回近くも行う「御所フェスティバル」、頼もしい限りである。その機会に、私も従来の参加チームはもちろん、新しく参加したチームにアドバイス、また2校増えた。

また、さらに嬉しかったのは、御所監督の働きかけよろしく、御所の東川市長が来場され、来年からは「御所市長杯ゲーム」中心に、ラグビースクールから各レベルチームが集まり、地域に根差した「御所市ラグビーフェスティバル」に、発展が見込まれるという。まことに、結構なことだ。

まさしく、数日前に私が提案していた、「行政主導のスポーツ振興」が、早くも実現に向かうという例を見せて頂き、意を強くしたものである。また、奇しくも市長は、私が今アドバイスしている関西学院大学の、ラグビー部ではないが、さらに有名なアメリカンフットボール部のご出身とのことで、親しく話もさせて貰い、「やはりスポーツ出身の行政の長が率先して、どんどんスポーツ振興の旗振りをと、、、」、お願いもした。

こういう面では、サッカーが先行しており、今後も「地域に根差したスポーツの枠組み醸成」に、目を向けたいものである。
ところで、サッカーと言えば、先日ワールドカップで、岡田ジャパンが、活躍したが、岡田監督は早稲田出身で、昔は東伏見でラグビーとサッカーグランドが隣同士にあり、よく行き来していた。そんな関係もあり、2年半前に岡田氏が急遽監督になった際、「日本オリジナルのサッカーを目指すということで、ラグビージャパンの大西理論『接近、連続、展開』も参考にして、強化して行きたい」という話があった。また先日ベスト16の結果を残して、帰国した際の会見でも、その話が出ていた。

だから当然「日本オリジナル」という点では、私の推奨と全く同じことであり、逆にラグビーがその先鞭をつけていると自負している。そういう事で、2年半前に「ラグビーとサッカーの接近、展開、連続との関連」について、新聞取材があった時に、私が回答した文章を紹介しよう。


  < A . YOKOI MEMO : なぜ接近戦か? >    2008. 2. 5

1.大西さんが「接近、展開、連続」を考えられた背景は?

「展開、連続」は日本人の特徴である耐久力を駆使して、体力差のあるところで戦わないよう展開する、また当時ボール獲得率が少ないので、一旦獲得したボールは自軍で連続して攻撃し、必ず得点に結びつけるということで、これは、現在も広く行なわれ、理解できていると思うので、やや難解な「接近」に絞って説明すると、、、

①ディフェンスの接近:
それまでの外国チームとのゲームでは、走力、体力の差が大きく、大量点差で負けるケースが多かった。故に勝ちに行くには、敵をロースコアに抑えることが、最大の課題。エネルギーは重量×速度の二乗に比例するので、大男がスピードに乗れば止めにくく、敵が走り出す前に、敵が考えられない早さで、 間合いを詰めて止める「シャローディフェンスを究極にまで進歩させた・アタッキングディフェンス」が必要と、考えられた。

②アタックの接近:
敵のロースコアを凌駕する得点をあげるには、当時のボール獲得率 ・ 20%程度での少ない攻撃チャンスでも、確実に得点に結びつける必要があった。しかし、走力では抜けないし、当たれば潰れてしまうところで、日本人の敏捷性と巧緻性を活用し、逆にギリギリまで接近して、そこでボールを動かすことで突破は出来ないかと、考えられた。

③大西さんは常に敵の戦力と、自軍の戦力から、どうすれば勝てるか、現実に即した戦法を考える人で、自軍の選手が努力しても実行できないことは、採用しない。実際に上記戦法の中心となるセンタースリーコーターに、これが出来る人材を確保できる可能性があった(ここは自慢したいのが本心ではないが、当時アタック、ディフェンスの接近の両方ができる横井と、ディフェンスの出来る尾崎をスタンドオフからセンターにコンバートして、横井とのコンビでアタックもできるように徹底努力させれば、究極の接近戦は可能と、考えられたと推測)

そして当時は考え方もなく、寄せ集めが常であったジャパンチームのつくり方も改革し、この考え方にあう人材を集め、夏合宿はじめ集合練習で、 3年間鍛え上げ、「統一した考え方をもったジャパンチーム」で、1968年のニュージーランド遠征を行おうと考えられた。そして、オールブラックスジュニアに勝つという成果に繋がった。

2.サッカーが「接近、連続、展開」を、提唱した感想は?

サッカーに限らず、走力、体力の差を、日本人の特徴である・敏捷性・巧緻性
・耐久性を駆使した日本独自の考え方で、カバーしていくことは必須である。現に野球のイチローにも代表される如く、いま、世界で活躍する日本人アスリートは、すべてこの特徴を磨きに磨いた人物ばかりである。さらに、独自の考え方を開発し勝利しても、外人が真似をやり出すとか、それが使いにくいようルールが変えられることとなり、またそのことに即応した違った工夫をして、絶えず先んじて行かねばならないのは、日本のスポーツ界の宿命である。

サッカーが、ベルリンオリンピックで、当時の強豪スエーデンに、短いパスをつなぐ戦法で勝利し、あっと言わせたことは承知の事実。今回の「日本人の特徴を活かした、 日本独自の方法でやる」という岡田ジャパンの考え方は、当然であると考える。
去年の一月末にNHKで放映されたラグビーの「接近、展開、連続」が、サッカー界で話題になったとも聞いているが、それもきっかけの一つであったならば、幸いなことである。

3.「接近、、、」が時代を過ぎても、色あせないのは何故か?

それは、 「変わらぬ真理」に基づいている「原理、原則」であるからだと思う。またラグビーの変遷と関連しているとも思われる。というのは、ジャパンが、当時信じられないほどのシャローディフェンスをしたことで、世界のラグビーの守備も進歩し、守備が勝るようになったので、攻撃側が有利になるよう「ディフェンスを下げ、またタックルされてもワンプレーできる」ように、ルールが改正された。

さらには、ラグビーのプロ化が進み、自分の身体を鍛え、コンタクト力主体で数的優位をつくるゲームの組み立てができるようになり、ラグビーの本来である「抜く、ずらして、繋ぎ、展開する」というより、「当たる、身体をあずけて、 オフロード」程度で可能となり、細かいスキルを磨くことの優先順位が下げられた、というより消えてしまったとも言える。
すなわち、ボールゲームであるラグビーのスキルとしては、退歩しているように見える。また昔、タックルされるとボールを地面に置かなくてはならなかったため、自分より大きな外人とやる時は、敵に掴まれても、タックルが成立する前にボールを動かす、或いは捕まってボディコントロール出来ないのなら、捕まる寸前でボールを動かすなどしたが、これが出来るには、当然敵に肩で当たれるというコンタクト力が必須であり、その上に、そのようなスキルを積み上げた。
しかし今の日本人選手は、肩で当たることすらままならず、そこへ行くまでの途中の「ただ当たる」の段階とも見える。だから、「接近」というのは、まだこれから先、小さいものが大きな敵に対し、再現できるようにしなければならない「より進化した、高度なプレー」であり、色あせないのは、当たり前のことであると思う。

今考えねばならないのは、欧米化した日常生活の影響もあり、現代の日本の若者の身体が脆弱になり、耐久性、敏捷性、巧緻性という日本民族の特徴が、大変薄くなりつつあるという事実である。その分、まずそれを取り戻す努力が必要であり、時間と手間がかかると考える。だがスポーツにはすごいプレーが突然出来る天才という概念はない。「どうしたいか考え、練習で身体に覚え込ませ、状況に応じ再現できる努力をする人」が達人になり、努力すれば必ず出来るようになるものである。

故に、私が8年前に現場に戻り、「自分はどうしてそれが出来たのか」を自問し「何を練習したか」を思い出しながら「どう伝えるかを考え」若い人に少しづつでも高度なプレーを再現してもらえるよう、あらゆるところで機会をつくってアドバイスしているわけである。今後とも、この活動に、ご支援賜りたく。

次回は、「日本のラグビーを考えるⅢ」に進もう。


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プロフィール

Yokoi Akira

Author:Yokoi Akira
横井章(よこいあきら)

ラグビークリエイター
現役時代は左CTB、ジャパン10年で17キャップ
    (当時は、キャップ対象試合が少なかった)

1968年、オールブラックス・ジュニアに勝利
1970年以降5シーズン日本代表の主将を務める
    (いまだに、歴代最長記録)
1973年、英仏遠征、日本ラグビー史上初の海外
     テストマッチ、当時世界最強のウェールズ
     と対戦、写真は、その時の幻のトライ
2000年、現場に戻り、100数チームにアドバイス

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