2015. 04. 05  
さてラグビー現場に戻った10数年前の「実際のアドバイス・ディフェンス編」を、ブログを始めた5年前記事として載せ、今回、それをまた読み返して貰っているわけで、なんと「古臭い話」と感じておられると思うが、此処で過去に、実際の現場で「どのような失敗をしたか」を書いていけば、今後の指導の参考にしてもらえるのではと思うので、やってみよう。

現場に戻って最初に驚いたのは、「スポーツとは経験則であって、私自身が体験したことをどう伝えて行くかを考えればよいのでは」と思っていたことが、全く違っていたということである。すなわち、当たり前のことだが、私が育った環境と、その環境に順応した「思考プロセス身体、および身体能力」が、今の若者のそれと、これほどまでに異なって来ているかと、思い知らされたことである。

たとえば、では「台所にゴキブリが出て来ても、男なら、バッと足で踏みつぶして、ごみ箱に捨てた」というところが、では「ゴキブリが出て来ることも少ないので、ホントに出てきたら、男でも、びっくりして逃げ惑い、ましてや、踏みつぶす程の素早い身体能力も備わっていない?」と書けば、今の若者に叱られるかな?(
しかしスポーツ現場では、「指導者が『誰か、これやってみろ』と言っても誰も出て来ない」、身体を見れば「えっ、外反母趾カカト重心?」「懸垂が一回も出来ない?」「二重跳びスキップが出来ない?」「体操が出来るように前後、左右の間隔をとり、広がることも出来ない?」などのことが、実際頻発しており、驚かされるのではなかろうか?

私にも、こんな失敗があった。あるチームにディフェンスで「4トップ前へ出て追い込み、低い姿勢肩でタックルせよ」とガチ中心の練習方法も行なって、その年のリーグ戦で、「敵をロースコアに抑え、自チームで必要最小限のトライを確実にとって、、、」早速に成果を出した。ところが、次年度の主将が「横井さん、タックル練習をガチばっかりで行くと、却ってスピードが弱まるんですよ、だからホールドでいいですか」「ディフェンスはわかったので、今年はアタックの方策をもっと教えて下さい」と言われ、そのように練習を変えたら、なんと、昨年勝ったチームに、アタックの進歩で、30点取ったのに、一年目に出来たディフェンスが崩れ31点取られて逆転負けしたのである。

すなわち、1年目は言われた通り「低い姿勢瞬間ダッシュを、いつも『やらねばならぬ』と自分の頭から命令し、身体はなんとか動いていた」、しかし、
2年目に、練習を少し手抜きすると「その動きが『身体が覚え込むほど』には出来ていなかったので、すぐ元の高い姿勢と、 緩慢な動きに戻ってしまい、4人揃って前に出るディフェンスが崩れてしまったのである」

故に、「私は、こうして来た」とか、「こうすれば、出来る筈」ということが、今の若者には通用しない。だからそこでは、「その現場で、なぜ彼らが出来ないのか?」「プレーヤーの理解考え方が違うのか?」「やる気があるのか?」「やろうとしているが、身体が動かないのか?」などをシッカリ洞察して、その原因にかなった適切な対応策を講じないと、「やれるようになって欲しいことが、出来るようにはならない」どころか、「出来たことさえ、忘れてしまうということが、起きる」のではないだろうか?

そして、私のアドバイスを実際にプレーヤーに落とし込むのは、現場の監督スタッフであり、彼らの「拘りと、頑張り」が、その成否を決めるのである。

実際例では、高校の全国大会で京都成章高御所工高の「0-3という素晴しいディフェンスゲーム」が出来るまでに数年かかり、それでもその後厳しさが抜けると、昨シーズン御所実高の対東福岡高大敗となり、拘ってやり続けた尾道高の方が、東福岡を追い詰めたということであり、大学では、関西学院大が関西リーグで2連覇した後、また元の木阿弥に戻ったり、帝京大が、秋の対抗戦では芽が出ず、大学選手権でようやくディフェンスを完成させるということを2~3年続けたあと、身体つくり身体能力アップ定着させて、その後6連覇を続けているなどであり、こんな当たり前のことを当たり前に出来るようにするという「拘りと継続」が、どれだけ重要かを、示しているのではなかろうか?


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プロフィール

Yokoi Akira

Author:Yokoi Akira
横井章(よこいあきら)

ラグビークリエイター
現役時代は左CTB、ジャパン10年で17キャップ
    (当時は、キャップ対象試合が少なかった)

1968年、オールブラックス・ジュニアに勝利
1970年以降5シーズン日本代表の主将を務める
    (いまだに、歴代最長記録)
1973年、英仏遠征、日本ラグビー史上初の海外
     テストマッチ、当時世界最強のウェールズ
     と対戦、写真は、その時の幻のトライ
2000年、現場に戻り、100数チームにアドバイス

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