2015. 08. 28  
いよいよ、4年に一度の「ワールドカップ」が、来月からイギリスで行われる。
ジャパンは、初戦の南アフリカ3日空けての次のスコットランド戦のどちらかに勝ち、その後のサモアアメリカにも全勝しなければ、目標である・次の決勝トーナメントベスト8で行なわれる)に進めない。

そして、昔と大きく変わっているのが、「情報戦」であろう。そこで、有利なのが地元スコットランド、最近は3日もあれば、「GPS」や「ドローン」などの最新機器と、分析員10数人がよってたかって、ジャパンと南アフリカの試合を分析し、「ジャパンのディフェンス、アタックの傾向弱点」を、 くまなく洗い出し、その弱点を的確につく戦術を練習して、次の試合に臨めるのである。

それに対して、ジャパンは、アウェイでは、分析に必要な機器、人員とも多くを準備することが出来ず、また今は、どの国でもやっている「ドリフト・ディフェンス」や、アタックでの「シェイプ」や、「ポッド」を、 採用した戦術の組み立てだけでは、敵の分析の裏をかくことも、厳しいということではなかろうか。

1960~70年代ジャパンが、日本独自に開発して、当時の世界に示した『外国人が考えられなかった程の・前へ早く出るシャロー・ディフェンス』と、アタックで、『やってくるのがわかっていても、止められない究極の接近戦』という、緻密に組み立てられた「ジャパニーズ・スタイル・ラグビー」で、当時のラグビー界に、「驚きと賞賛で迎えられた」という事実と、若干趣きが変わると思うけれど、日本人の特徴を生かした「スピードある展開のエディ・ジャパンウェイ」には、期待したいものである。


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Yokoi Akira

Author:Yokoi Akira
横井章(よこいあきら)

ラグビークリエイター
現役時代は左CTB、ジャパン10年で17キャップ
    (当時は、キャップ対象試合が少なかった)

1968年、オールブラックス・ジュニアに勝利
1970年以降5シーズン日本代表の主将を務める
    (いまだに、歴代最長記録)
1973年、英仏遠征、日本ラグビー史上初の海外
     テストマッチ、当時世界最強のウェールズ
     と対戦、写真は、その時の幻のトライ
2000年、現場に戻り、100数チームにアドバイス

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