2016. 04. 03  
京都成章高スタッフとの論戦の翌日、遂にグランド生徒達と初顔合わせのこととなった。前日の論戦で、『昔のラグビー常識今の非常識昔の非常識今の常識』と思われる程の違いを味わった私、 しかし、 『世の中の
真理法則』が変わることはない筈、これは現場をよく観察して正していこう決心したところで、生徒達に次のようなことを言ったのを覚えている

「いま日本のラグビーは、オカシクなってしまっている。特に、 日本世界を相手に戦う、すなわち『小よく大を倒すラグビー』を目指すならば、考え方変える必要があると思う。ついては君達と一緒に日本のラグビー正そうではないか」と切り出した。そして、『上杉鷹山の藩政改革』の話をし、『君達
こそが、この日本ラグビー改革の火種』になって欲しいと力説して、またまたそんな故事を知っている筈もない彼らにどこのオッサン』丸出しのツッコミ日本のラグビー界全体が、『待ちディフェンスワイドアタック一辺倒』の全くオカシクなってしまってる危機状況に対して、一緒に『改革に挑んでいこう』と話したのである。(

上杉鷹山とは、江戸時代屈指の名君J・F・ケネディ元アメリカ大統領に『もっとも尊敬する日本人政治家』とも言わせた米沢藩の藩主で、江戸時代日本一貧乏だった藩を『大倹約令や、養蚕・絹織物の殖産などで改革』した人物。その方法として、まず改革の趣旨少数の藩民に『火種』として託し、それを藩全体に広めて行ったという、当時では非凡なやり方で有名

そして後日高校卒業した彼らが、私の「日本オリジナルラグビー創造活動」の火種となって、本当に全国に散らばって頑張ってくれたのであり、なかでもその時のキャップテン井口君は、「教師になって、必ず横井さんのラグビーを教えます」と言ってくれて、実際に京都伏見中学校の英語教師でラグビー監督となり、全国優勝してくれたのであり、また当時2年生だった矢富勇樹が「ジャパンになって、横井さんを超えてみせる」と言ったので(超えるのは無理やろうとは思ったが、、、)、当時の清宮早稲田大学監督に推薦して、本当に、早稲田ヤマハで活躍してジャパンになり、現在はサンウルブズで、頑張っているわけである。


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プロフィール

Yokoi Akira

Author:Yokoi Akira
横井章(よこいあきら)

ラグビークリエイター
現役時代は左CTB、ジャパン10年で17キャップ
    (当時は、キャップ対象試合が少なかった)

1968年、オールブラックス・ジュニアに勝利
1970年以降5シーズン日本代表の主将を務める
    (いまだに、歴代最長記録)
1973年、英仏遠征、日本ラグビー史上初の海外
     テストマッチ、当時世界最強のウェールズ
     と対戦、写真は、その時の幻のトライ
2000年、現場に戻り、100数チームにアドバイス

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