2016. 04. 30  
2001年春にアドバイスを始めた京都成章高は、6ケ月後の秋、全国大会京都府予選伏見工10数年京都代表で花園出場し、なおかつ、前年度全国優勝を果たしていた強豪)との決勝戦を迎えることになったのである。

この時の対戦については、その後にラグビーマガジンでも取り上げられて、湯浅監督以下スタッフが、アドバイスを受けて、どのように周到に準備をし、生徒達に落とし込んでグランドに送り出したか、詳細に報告されているので、ここでは、簡単に列記しておくと、

まずディフェンスは、当時の他チームとは全く異なるほど前へ出て低く肩で当たるタックルをすることで、敵にプレッシャーをかけ、圧倒した

アタックは、敵ゴール前でSОが大外にキックパスを出し、それをWTBがファインキャッチしてトライ
(京都のテレビ放送では、『ミラクル』と言われ、SОは『違う、あれは半年間ずっと練習したんや』と言いは張ったが、その成功率はヒドイもので、他の者はそういう意味で『ミラクル』と納得、、、。そして2003年のワールドカップで、 イギリスのウィルキンソンが成功させたキックパスよりも2年早かった)、さらに、『短いフェイズBK仕掛け攻撃』でも、2つのトライをとった

そして、試合終盤は、成章がリードしていることを予測し、勝ち切るには、伏見工が自陣からでも総反撃してくるのを、『守り切る ・ 連続ディフェンスの練習方法』をアドバイスし、また、 前日のミーティングでは、『勝ち切る際気持ちの持って行き方』(格下で優勝したことのないチームは勝っていても『俺ら何時負けるんやろ』という気持ちになるもんだが、その時、君らは『勝っていいんや』と思え)をアドバイスしたのだった

このように、スタッフの落とし込みの努力と、プレーヤーの完遂努力(最後のディフェンスは連続6分30秒に及んだ)の結果、初優勝したのであった。
即ち、ラグビーは、必死に練習したことしかゲームで出来ない、そのかわり格下(小)でも、練習してきたことをやり遂げれば、敵が格上(大)であっても、勝つことが出来るということを、体現してくれたのである。


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プロフィール

Yokoi Akira

Author:Yokoi Akira
横井章(よこいあきら)

ラグビークリエイター
現役時代は左CTB、ジャパン10年で17キャップ
    (当時は、キャップ対象試合が少なかった)

1968年、オールブラックス・ジュニアに勝利
1970年以降5シーズン日本代表の主将を務める
    (いまだに、歴代最長記録)
1973年、英仏遠征、日本ラグビー史上初の海外
     テストマッチ、当時世界最強のウェールズ
     と対戦、写真は、その時の幻のトライ
2000年、現場に戻り、100数チームにアドバイス

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