2016. 05. 15  
日本オリジナルラグビー創造活動』を進めてくれているチーム及び指導者話の続きをすると、、、

京都成章と同じく練習時間が限られた中で頑張ったのが、静岡聖光学院高である。ミッション系の学校でグランドの広さはあるのだが、クラブ活動時間が、週3日以内、時間も1日90分と短く規制されているという状況、しかも、『お坊ちゃん学校』で、マザコンも居て、なんともやりにくい高校だった。

ここの指導者が、星野監督(現在は副校長)で、京都成章のコーチと立命大で同期だった関係で、私と出会った。そして私が東京へ出かけた帰りに電話して、静岡駅の新幹線待合室待機させ、その中で実技も交え延々数時間講釈をたれたものである。
そこで、立派だったのは彼の態度で、私の話の一言一句を書きとめ、理解しようと『喰いついてきた』のである。あとで彼に聞くと、『知恵熱』が出て3日間臥せったという。(

その甲斐あって彼は、私の言ったことに +α して、自チームの練習を効率化して行ったのである。たとえば、『ア、シ、カ、コ(プレーヤー同士で留意して、練習中に守るべき事項。ブログに書いてあるので、探してください)』の『=歩かない』の例で、私がプレーヤーに「集合」と言った時は『全速力で走って来るように指導』したのを見て、次回行ってみると、プレーヤーが走ってくるのは勿論、『ググッと、止まったのである』(この素晴らしさ感動を覚えない方は、感受性を高める訓練方、私は当然、これを真似るのである、、、
そして程なく、当時静岡で連覇を続けていた『東海大翔洋』を破って花園へ出場して来たのである。
(これら『練習の効率化』については、星野君が取材され『日経ビジネス』にも掲載されて、『経営の指南書的な評価?』もされている、、、

そんな聖光学院でも、こんなことが起きるのである、、、まだ2~3回目くらいの花園出場で、『日本航空石川』と当たり、『身体の大きい外人選手に翻弄され大敗した時』、泣いて悔しがる生徒らに私が、「身体を大きくせなイカンということが分かったやろ沢山食って大きくなれよ!」と励ました。ところが、その日の夕食時、食事の後を見て回ると、食べ残し一杯あったのである。
そこで、再度集合させて叱り、 『全員寮に入れて、食べることを誓約させろ』と 提案したものだが、それがまたマザコン難しい、、、(

このように、私自身も『若いプレーヤーの言うことと、やることがツロク(合致)しない宇宙人化』を体験し、『どのようにすれば、こんな若者を、目標、目的近づけていけるのか』、現場スタッフ苦悩をも共有し、そこからもヒントを貰って対策を考えるので、まさに、私のアドバイスも、日々進歩して、『常に、時代の最先端を行く』状況になっていったのである。


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プロフィール

Yokoi Akira

Author:Yokoi Akira
横井章(よこいあきら)

ラグビークリエイター
現役時代は左CTB、ジャパン10年で17キャップ
    (当時は、キャップ対象試合が少なかった)

1968年、オールブラックス・ジュニアに勝利
1970年以降5シーズン日本代表の主将を務める
    (いまだに、歴代最長記録)
1973年、英仏遠征、日本ラグビー史上初の海外
     テストマッチ、当時世界最強のウェールズ
     と対戦、写真は、その時の幻のトライ
2000年、現場に戻り、100数チームにアドバイス

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