2016. 05. 19  
そのほか、 チョット違った経緯の例としては、 現場復帰のキッカケであった『函館の井澤君(早稲田、ジャパンの後輩、残念ながら逝去)』との関係で、函館ラサール中学校宇佐美君にアドバイスし、彼の頑張りで成果をあげていたが、その中学卒業生10人を含む『函館ラサール高校』が、花園常連の『札幌山の手』を破って、花園出場を果たしたということもあった。

また、山梨県では、最初2位以下の『桂高校・梶原君』にアドバイスしていたのだが、彼が『日川』に転任、『1位は教えないよ』と言っていたが、『花園では、1位でないので、、、』と言われて、またアドバイス。県内での『切磋琢磨の醸成』にも資した。

さらに千葉県流経柏高・松井君に乞われてアドバイス、そのエッセンスである『前へ出るディフェンスとトライのとれるところからトライをとるアタック』を、彼が高校日本代表監督時に、テクニカル・アドバイザーとして静岡聖光の星野君も使って、プレーヤーに上手く落とし込んで、高校日本代表が欧州遠征した際に『フランスU18代表』に勝利したということもあった。

このほか、ブログを開設後は、さらに各地からの依頼が続き、しばらく全国大会への出場が途絶えていた青森・三本木農が選抜大会に出場など、北は北海道最北端羽幌高南は、 九州の久住でアドバイスした沖縄・コザと、60校を超える高校に『日本オリジナルラグビー創造活動』に、ご賛同頂いたことになっており、これら高校の現場スタッフが、 本当に指導が難しい若い
プレーヤーと真摯に向き合い、頑張って頂いているのであります。

たとえば、最近の全国高校ラグビー大会では、出場校50数校の約半数準々決勝に勝ちあがる8校のほとんどが、この活動参画チームという結果になっており、お名前をあげていない高校も含めた現場指導者の皆さんに、本当に感謝致しており、今後とも、その御活躍を祈念致しております。


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プロフィール

Yokoi Akira

Author:Yokoi Akira
横井章(よこいあきら)

ラグビークリエイター
現役時代は左CTB、ジャパン10年で
17キャップ(キャップ対象が少なかった)

1968年オールブラックス・ジュニアに勝利

1970年以降5シーズン代表主将(歴代最長)

1973年英仏遠征、日本ラグビー初の海外
テストマッチ、世界最強のウェールズと対戦
上の写真は、その時の幻のトライ

2000年現場へ戻り、100数チームを指導

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