2016. 05. 28  
さて、 『高校の部』の次には、『大学の部』についてを、書いてみよう。
高校チームのアドバイスを進めて行ったと同時に『日本オリジナルラグビー創造活動』のより広い拡散を狙い、『早稲田OB会報』や、『全三菱ラグビー東西対抗記念誌』(全三菱系企業ラグビーの東西選抜選手による対抗戦)などに、「日本のラグビーを考える」と題して、私が現場復帰して、当時現場で『おかしいなーと感じ、修正すべきと思ったこと』などを、綴った文章を発表
(このブログの開設当初・2010年7月頃の記事にも掲載)していた。

それを読んだ全三菱系ラグビーOBで、国立8大学ラグビーOB(北海道大、小樽商大、帯広畜産大、東北大、東京海洋大、名古屋大、九州大、長崎大、8大学のOB)でもある佐藤氏中島氏から、毎年年末に日本ラグビー界の著名人を招いて行われる『国立8大学ラグビーOB講演会』で、是非『日本のラグビーについて』語って欲しいとの依頼があったわけである。
そして当日、小樽商大のOBだった両氏は、手際よく北海道から講演会が行われる東京まで、小樽商大現役キャップテンほか、幹部達を呼び寄せておいて、講演会終了後、小樽商大へのアドバイス依頼があったのである。
そして、北海道での名門であった・小樽商大が、 当時2部落ちもあった状況から、1部に返り咲き、定着という成果につながったのである。
そして、帯広畜産大、また8大学とは違うが、国立東京大京都大神戸大千葉大医学部などへのアドバイスへと広がって行ったのである。

ちょうど時を同じく、京都成章高で成果をあげたことを聞きつけた、これまた昔のライバル京都市役所でフロントローをやっていた宮城氏関西学院大のOB会長をやっていた時で、また関西学院大20数年2部暮らしから、ようやく抜け出した年ということで、私にアドバイスを依頼して来たのである。
私も大学カテゴリーを見てみたいと思っており、地元関西だったこともあって承諾、現場に出向いてみて、またまた衝撃の事実に出会うのであった。

このあたり、『大学ラグビー現場で何が起こっていたか』については、次回以降で、お楽しみに、、、(


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プロフィール

Yokoi Akira

Author:Yokoi Akira
横井章(よこいあきら)

ラグビークリエイター
現役時代は左CTB、ジャパン10年で17キャップ
    (当時は、キャップ対象試合が少なかった)

1968年、オールブラックス・ジュニアに勝利
1970年以降5シーズン日本代表の主将を務める
    (いまだに、歴代最長記録)
1973年、英仏遠征、日本ラグビー史上初の海外
     テストマッチ、当時世界最強のウェールズ
     と対戦、写真は、その時の幻のトライ
2000年、現場に戻り、100数チームにアドバイス

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