2016. 06. 16  
『前回の京大生との齟齬の原因』は、自分が実践し経験して来た『成り行きラグビー』に固執する京大生に、『自分達が意図をもって、ゲームを創る』ということを、残念ながら十分な時間をとれなかったがゆえに、経験させ得なかったためだと思われますが、如何?
ということで、私の『推奨策』は、私が現役時代に出来たことを、そのまま教えるのではなく、現代日本の若いプレーヤーの身体、身体能力、思考形態をも考慮して、これなら或る程度の時間をかければ出来る筈、と考え出しているモノであるが、それでも現代の若いプレーヤーにとってみれば、ある程度の基礎身体能力、基礎スキルの積み上げの上に、とにかく言われた通り正確にやろうとして、そして実際やり遂げて、その良さを、身体で感じなければ、理解できない。そういうモノのようであり、今迄見たことも体験したこともないプレーヤーには、『少々の時間と努力』が必要なので、まどろっこしいと感じられるかもしれないが、逆に、これの成功体験が出来れば、これほど、シンプルで楽なモノはないと感じてもらえるモノなんだけれども、、、ということのようなのである。(
それで、このあとも現代若者への落とし込みには苦労するわけだが、その分『推奨策』は更に練られ、より効率的なモノ進化していったのである。

この前後の同時期、関西リーグでアドバイスしたのが、関西学院大である。
最初は、長いBブロック生活から、に昇格した2003年のことで、前にも書いたが、私の現役時代ライバル・元京都市役所の宮城氏関学大OB会長だったことから、依頼があったのである。
はじめて関学大の練習を見た時、感動したのは、『肩で低く入るタックルと、キックダッシュという練習方法』が残っていたことで、これは見込みあると思ったし、大石監督とも長時間にわたる考え方のすり合わせで、理解、賛同してくれて、彼がサラリーマン監督で、練習に顔を出せない平日に、 私が行くなど、連携よく進められたのである。

しかしながら、実際の現場では、『あの素晴らしいキックダッシュの練習』も、キックを突っ立って取り、そのまま味方にパスするといった『軽い練習』になっていたなど、Bブロックでしか通用しないやり方だったのである。
そこで私は、春シーズンの終わりに、 Aブロックプレーヤーとして『身につけなければいけないこと』をプリントにし、夏合宿前に全員に配っておくように、波佐間主将に言っておいた。そして、夏合宿の初日、そのプリントを見たものと思って話を始めたが、どうも様子が違う。「オイ波佐間、あのプリント配ったやろなー」、と聞いたところ、「あっ、寮に忘れてきました」ということがあったのである。
これは、どういうことでしょう? この先は、また次に、、、(


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プロフィール

Yokoi Akira

Author:Yokoi Akira
横井章(よこいあきら)

ラグビークリエイター
現役時代は左CTB、ジャパン10年で17キャップ
    (当時は、キャップ対象試合が少なかった)

1968年、オールブラックス・ジュニアに勝利
1970年以降5シーズン日本代表の主将を務める
    (いまだに、歴代最長記録)
1973年、英仏遠征、日本ラグビー史上初の海外
     テストマッチ、当時世界最強のウェールズ
     と対戦、写真は、その時の幻のトライ
2000年、現場に戻り、100数チームにアドバイス

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