2016. 06. 22  
2003年関西大学リーグAブロックに昇格した関学大でのアドバイスに関し、春の練習でAブロックでは、プレーレベルをあげる必要があると教えて、
念のために主要点をプリントにして主将に渡し、部員全員に周知しておくよう伝えたにも拘わらず、夏合宿時に確認すると、それが出来ていなかった。
ここでも私は、現代若者は種々の面でイメージ化、ビジュアル化が進んでいるものではと思っていたが、京大生と同様に、意外と自分が経験していない情景イメージしたり、それへの対応を自分で考えようとするのが苦手なのかなと感じさせられたのである。

そこで、これはプレーヤー達が、 実際その場面に出会わないと理解しないと判断、開幕戦の対同志社戦を待ったのである。そして、ゲームが始まると、私が言っていたことが、グランド上で繰り広げられ、彼らはようやく「これが、横井さんが言っていたことか」と悟り、この一戦以後、必死に私のアドバイス通り正確に、戦略、戦術、プレーを完遂しようとして、その後はAブロック昇格初年度にかかわらず3勝をあげ、大学選手権に初出場出来たのであった。

しかし、大学選手権一回戦は当時強豪の早稲田、秩父宮の晴れの舞台で、『大学チームで一番の前へ出るディフェンス』を披露、喝采を浴びたのであるが、私がウィングの一人に「インターセプトは、狙うモノではない」ということを言い忘れたが為に(彼は関西ではうまくいったので、早稲田相手でも出来ると思って狙いすぎ、かわされた)大外で抜かれ、敗退したのであった。

ことほど左様に、『コミュニケーションで、徹底を期す』、さらに、『千辺万化のラグビーの戦略、戦術落とし込む』ということは、至難の技と認識しておかねばならないのではなかろうか。
『コミュニケーション不足は双方の責任、まず洞察して、相手の気質、性格などを認識、ただ単に、迎合、妥協するのじゃなく、正しく伝わっているか確認しつつ、伝わっていないならば、なぜ伝わらないのかを、自分自身にも矢を向けて考える』など、非常に厄介なものと思わなければいけないのではなかろうか。シンドイものである。


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プロフィール

Yokoi Akira

Author:Yokoi Akira
横井章(よこいあきら)

ラグビークリエイター
現役時代は左CTB、ジャパン10年で17キャップ
    (当時は、キャップ対象試合が少なかった)

1968年、オールブラックス・ジュニアに勝利
1970年以降5シーズン日本代表の主将を務める
    (いまだに、歴代最長記録)
1973年、英仏遠征、日本ラグビー史上初の海外
     テストマッチ、当時世界最強のウェールズ
     と対戦、写真は、その時の幻のトライ
2000年、現場に戻り、100数チームにアドバイス

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