2016. 06. 25  
さて、関西学院大のAブロック昇格1年目の大学選手権初出場後の2年目キャップテンは東筑出身の山口、九州の高校出身者は、 基本に忠実に育てられており、彼が「横井さん、ディフェンスはわかりました。なお、ガチばかりより、ダミーも使った練習の方が、 スピードが出るので、そうしてよろしいか」と言い、また「それから、アタックでトライを確実にとれるムーブを教えて貰えませんか」と要望して来たので、彼の言葉を信じて、1年目よりもアタック
余計に時間をかけて指導した。

ところがである、シーズンが始まってみると、30点以上も得点出来るようになったが、それ以上の点を取られて、敗北した。すなわち、1年目に出来たディフェンスを、忘れてしまったのである。
賢明な指導者の皆さんは、おわかりだと思うが、私にとっては「出来たことでも、忘れるんだ」と、衝撃を受けたものである。すなわち、『低く行くタックルが残っていたからと、 過大評価 した1年目のタックルも、一年くらいでは身体状況に即応して動くところまでいってなくて、ガチ練習をなくすと低く肩で行くタックルがいけなくなったという失敗をしたのである』

なお、あとから考えると、山口主将の提案は、自分がガチのディフェンス練習が好きでなかったことのようだったが、彼の名誉のために言っておくと、彼もこの失敗を感じたのか、社会人の九州電力チームに入ってからは心を入れかえて『タックルの山口』として、活躍したのであった。

そしてシーズン後、サラリーマン監督でつなぐ関学大は、「横井さん、ありがとうございました。『横井ラグビー』よくわかりました。次は監督も変わるので、我々だけでやらせて下さい」と言われたのである。
「おいおい、もう少し私のアドバイスを聞いた方が良いよ」とは思ったが、先方から言われたら仕方がない、次に『近鉄ライナーズ』からの要望も来ていたので、退くことにしたのであったが、関学大は、やはりその後は『攻守ともに前へ出るラグビー』を忘れ、リーグ下位に低迷することになったのである。


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プロフィール

Yokoi Akira

Author:Yokoi Akira
横井章(よこいあきら)

ラグビークリエイター
現役時代は左CTB、ジャパン10年で17キャップ
    (当時は、キャップ対象試合が少なかった)

1968年、オールブラックス・ジュニアに勝利
1970年以降5シーズン日本代表の主将を務める
    (いまだに、歴代最長記録)
1973年、英仏遠征、日本ラグビー史上初の海外
     テストマッチ、当時世界最強のウェールズ
     と対戦、写真は、その時の幻のトライ
2000年、現場に戻り、100数チームにアドバイス

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