2016. 06. 30  
現場復帰時系列的に言えば、まず高校から京都成章を主として2年間、次の大学関西学院を主に2年間、そして最後に社会人近鉄ライナーズ1年間と、5年間をかけて各カテゴリーチーム見て歩いたのである。

すなわち、12年前近鉄ライナーズでの『コーチとプレーヤーとの関係』を見て、またもや『衝撃を受けた』ものでした。この話も、昨今では双方の理解も進んだので、変わって来ているとは思われるし、このブログでも重複するが、当時の私には、あまりにも特徴的だったので、再度書いておくと、、、

まず、トップリーグのチームの練習風景に驚いた。『15時から練習』というと、プレーヤー15時グランドに出て来るのであり、その20分ほど前コーチがタックルバッグやマーカーを置いて、練習の準備をするのである。
そして、プレーヤーは『教えて貰う』という受け身で、「俺らが上手くならなかったら、教え方が悪い」と言うようにみえ、逆に、 コーチは外人コーチで、『その教え方が、日本人に合っているかどうかの斟酌なしに自分はこうしてやって来た』という独断的な指導で、 「プレーヤーが出来ないのは、 プレーヤーが下手」と言うように見えたのである。これで、本当に上手に伝わるのかしらと、疑問を持ったものである。

そして、ここでも私は『入り』に、失敗したのである。すなわち、私は暫く様子を見てからアドバイスしたいと申し出したのだが、「部長、監督、外人コーチ、アドバイザーコーチと一挙に一新されたので、即刻やって下さい」と言われ、しぶしぶ取り掛かった。そして前年度のビデオを確認すると、手で捕まえに行くようなタックルをしていたので、それを直そうと、『アタッカーとの間合いを詰め、敵の左右への変化に対し、角度を変えてタックルポイントへ、敢えてダミーを4個並べた上を跳びタックルバックに入る(通常は跳ばずに、 足を
運ぶべき
だが、タックルポイントに直行する感覚を覚える為、またタックルを肩で行き、今まで経験したことのない速さ、強さで行くことを目指す為)』という練習を指示したのである。

「さぁー、これに対しトップリーガーは、どう反応したでしょうか?」、次回を、お楽しみに、、、(


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Yokoi Akira

Author:Yokoi Akira
横井章(よこいあきら)

ラグビークリエイター
現役時代は左CTB、ジャパン10年で17キャップ
    (当時は、キャップ対象試合が少なかった)

1968年、オールブラックス・ジュニアに勝利
1970年以降5シーズン日本代表の主将を務める
    (いまだに、歴代最長記録)
1973年、英仏遠征、日本ラグビー史上初の海外
     テストマッチ、当時世界最強のウェールズ
     と対戦、写真は、その時の幻のトライ
2000年、現場に戻り、100数チームにアドバイス

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