2016. 07. 24  
7月23日、先に亡くなった『井澤義明君のメモリアルハウス』の落成式が北海道・定山渓で行われたということを知らず、礼を失してしまった
井澤君は、ジャパン、早稲田大学の後輩で、このブログでも紹介したとおり、私が『現場復帰するキッカケになった人物』で、彼が酒を飲んだ後に何度か「横井さん、日本のラグビーがオカシクなっている、なんとかして下さい」と、 電話して来たので、私も重い腰を上げ、現場に戻ったのである。

そして、が持っていた、1960~1970年代のジャパンのビデオを見せてもらい(私は、自分の現役時代の映像も持っていなかったし、当時ほとんど見ることもなかった)、初めて、当時のジャパンが、世界に先行し、『ビックリするほどのシャローディフェンスと、接近アタック』を披歴していて、如何に、 素晴らしいラグビーをしていたかと、再認識 させられ、中でも『ディフェンスでのBKの飛び出しと、それを、横から支えるフランカー井澤君のタックルでの構成』は、なんとかして次の世代に伝えなくてはと再確認 したのであった。

なお、もう一つ失礼したのは、当時早稲田大学のライバルだった法政大学でフランカーをやっていた竹部肇君から、先月に『フェイスブックでの友達リクエスト』があり、それを承諾した際に、この『井澤メモリアルハウスの記念式典』のことを連絡してくれていたようだったが、見つけたのが昨日夜で、時すでに遅しということになってしまったのである。申し訳ない

また、その竹部君の連絡の中に、なんということか、私の大学時代のゲーム中の写真も載せられていたのである。さらに驚いたことには、私が現役時代には、ほとんどやったことのない左足のキック姿が、 映っていたのである。
イヤー、竹部君、私にとっては、もっとも貴重な写真を、ありがとう。これで、私もキックが出来たことを証明されたわけだが、写真をよく見ると、ボールの飛んで行く方向が、少々オカシイ、、、また、写真縮小の関係で、私 が切れてしまって画面の外になった。そこで取りあえずは、写真は無しで、、、(



写真の件、まだまだ、サイズがあっていないけど、なんとか載せられたので、これで、 勘弁して下さい、、、(


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Yokoi Akira

Author:Yokoi Akira
横井章(よこいあきら)

ラグビークリエイター
現役時代は左CTB、ジャパン10年で17キャップ
    (当時は、キャップ対象試合が少なかった)

1968年、オールブラックス・ジュニアに勝利
1970年以降5シーズン日本代表の主将を務める
    (いまだに、歴代最長記録)
1973年、英仏遠征、日本ラグビー史上初の海外
     テストマッチ、当時世界最強のウェールズ
     と対戦、写真は、その時の幻のトライ
2000年、現場に戻り、100数チームにアドバイス

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