2016. 08. 02  
帝京での1年目、岩出監督には多くのプレーヤーを、一挙に観察するためには「キャップテン先頭に、グランド3周させればわかる筈」などと言っておいたが、堀江キャップテンも『背中でガンガン引っ張っていくキャップテンの姿』を見せ、 率先垂範していた。また、BKに『グラバーキック』や、『味方を待ってのパス』などを教えていたのを、横で見ていた『№8の堀江』が、誰よりも一番最初に出来てしまうといった『器用さ』も持合わせていたものだった。

しかし如何せん、ラグビー一人だけが出来ても、逆に、 彼に頼ってしまう弊害 もあったりして、 チームの実力は、 一番底辺のレベルで決まるもの、
対抗戦グループという高レベルのところでは、1年くらいで全員の力が上がるわけでもなくて、彼の必死の努力をもってしても、結果は対抗戦4位、大学選手権ベスト4という、それこそ『今後の躍進の基盤つくり』を果たせた時期、ということだったのである。

そして彼は、生い立ちのところでも示していた通り、自身の行く末、鍛え方に『確固たる意志』を持っていて、大学卒業後は『世界のラグビー』に接しようと、呼ばれているわけでもないのに、ニュージーランド武者修行に出向き、『世界に通用するフッカーへの転向』に、努力したのだった。

そんな彼の大学卒業時には、 彼とスーパースパに行って、 『世界の中での日本のラグビー』の話をしながら、ぜひ将来、『日本のラグビー復活のために、頑張ってくれ』と、激励したことを、懐かしく思い出す。また、 実際に現在ジャパン先頭に立って、 約束を果たしてくれていることに、本当に、期待をしているものである。


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プロフィール

Yokoi Akira

Author:Yokoi Akira
横井章(よこいあきら)

ラグビークリエイター
現役時代は左CTB、ジャパン10年で17キャップ
    (当時は、キャップ対象試合が少なかった)

1968年、オールブラックス・ジュニアに勝利
1970年以降5シーズン日本代表の主将を務める
    (いまだに、歴代最長記録)
1973年、英仏遠征、日本ラグビー史上初の海外
     テストマッチ、当時世界最強のウェールズ
     と対戦、写真は、その時の幻のトライ
2000年、現場に戻り、100数チームにアドバイス

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