2016. 09. 02  
さて、2011年度の帝京大キャップテンは森田佳寿、彼とは御所実高校の時から7年間の付き合い、御所に行く度に竹田監督が「横井さんに、話を聞いてこい」と寄越してきたので、何かと伝授したプレーヤーである。
そして、帝京にアドバイスを始めて6年目の2012年1月・大学選手権決勝では、「帝京大・森田主将ドラマ」があったのである。

この年、帝京は漸く『基本スキル徹底の文化』が根づき、毎年一年かかっていた『ディフェンスの整備』が秋の対抗戦までに前倒 して出来るようになり
ここから対抗戦での連覇も出来るようになってきて、大学選手権でも準決勝まで失トライゼロの『完璧なディフェンス』をやって来れていたのである。

これに対するは、関西リーグで私がアドバイスした関西学院大2008年2009年度2連覇 したのを見て、それを反面教師にした天理大・小松監督が「横井さんのラグビー、参考にさせて貰ってます」と『SO立川CTBハベアバイフを擁したBKのフラットライン攻撃急成長』、関西リーグを2010年、2011年度と連覇し、久々に関西チームが、決勝に進出してきたのである。

そして、例によってテレビ観戦をしていた私は、準決勝戦の森田プレースキックがオカシクなっているのに気付き、早速、岩出監督にメールして「君が直々に、森田のルーティンをチェックしろ」と指示していたのである。
(先般来『五郎丸ルーティン』が話題になっているが、こんなことは当たり前のことなのである。また40数年前のジャパンでも、当時のプレースキッカー植山・早稲田の後輩に、「ルーティンをシッカリ決めてやれ」と言うと、彼は「横井さん、そんなんフィーリングですよ」とウソブキ、その頃からオカシクなっていったのである。、、、)

余談はさておき、この決勝戦、予想通り『FW戦ディフェンス重視の帝京』に対し、『BKフラットアタック中心の天理』と面白い展開となったが、お互い譲らず、ゲーム終盤でも12-12の同点、そして天理が日本一を狙い、自陣からでも果敢に攻め続けるも、後半39分、ついにラックでペナルティを犯し、帝京森田のプレースキック勝敗がかかることになったのである。
そして、この時を予測して練習していた森田が蹴ったボールは、右のゴールポストの先端にあるブリキのフラッグに当たりながらも内に転がり、ゴールしたのであった。


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プロフィール

Yokoi Akira

Author:Yokoi Akira
横井章(よこいあきら)

ラグビークリエイター
現役時代は左CTB、ジャパン10年で
17キャップ(キャップ対象が少なかった)

1968年オールブラックス・ジュニアに勝利

1970年以降5シーズン代表主将(歴代最長)

1973年英仏遠征、日本ラグビー初の海外
テストマッチ、世界最強のウェールズと対戦
上の写真は、その時の幻のトライ

2000年現場へ戻り、100数チームを指導

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