2016. 12. 11  
前へ出るディフェンス』を、今時の悪い癖のついてしまった若いプレーヤーに落とし込むには、まず、その『悪い癖』を直してから、正しい動作を教えなければならないという『二重の手間』がかかるわけで、もう何度も同じことを書いているのも、いい加減『辛気臭い(シンキクサイ)』し、気が滅入るのであるが、先日、 『朝ドラ・べっぴんさん』で、「手間のかかる子供は居るんです。しかし、まわりの者が、 みんなで世話をしてあげたら、その分、沢山の愛情を受けて、より『良い子』に育つんです」とのセリフを聞いて、「そやったなー子育て論のところでも、そう書いたなー」と思い直し書いているので、読者の皆さんも、いま少し我慢して、お付き合い下さい。

そして「視点を変えて、、、」というのは、前回ワールドカップで低いタックルを連発したジャパンキャップテンリーチマイケルが、「なぜ、そう出来たか」を、考えてみれば、、、ということなのである。
彼へのインタビューで、「ニュージーランドでは週3日しか練習しなかったのに、札幌山の手高校に入ったら、週5~6日も練習させられた」、そして「練習の日には、坂道ダッシュを何回もやり続けされた、、、」と言っていて、しかし、それが『日本のやり方』と思ったら、東海大学に入ってからの厳しい練習も、「人一倍頑張った、、、」と話していたというのである。

すなわち、あの低いタックル連発できるリーチマイケル、あの南アフリカに勝った・『エディ・ジョーンズのショットの指示を無視し(エディは、勝てるとは思っていなかった、、、と推測される)、最後にスクラムを選択し、トライを取りに行った決断』の精神構造は、彼が日本で経験した『日本式鍛錬』で、 出来上がったのに他ならないのである。札幌に来た当初は、ヒョロ長いガリガリの気のやさしかった彼が、『基本のことを愚直に長時間、繰り返しやり続ける日本式練習』をやり、仲間達みんなで勤勉に、協力してチームを創り上げる日本文化(カルチャー)精神をも獲得して、現在の彼があるのである。
もし、彼が日本に来ることなく、ニュージーランドに居続けて、 ラグビーをしていたら、、、今のリーチマイケルになっただろうか?、、、

日本のラグビー指導者の皆さん、『日本のカルチャー日本のラグビー』を過少評価しないで頂きたい。日本人は、日本人の考え方で『ラグビー戦略、戦術を確立』し、『日本人に合った・日本オリジナルな練習方法』で、日本のラグビーを再構築しようではありませんか。

私は、日本ラグビー指導者の方々、日本ラグビーのプレーヤーの皆さんに、大いなる可能性と成功を、期待しています。


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プロフィール

Yokoi Akira

Author:Yokoi Akira
横井章(よこいあきら)

ラグビークリエイター
現役時代は左CTB、ジャパン10年で
17キャップ(キャップ対象が少なかった)

1968年オールブラックス・ジュニアに勝利

1970年以降5シーズン代表主将(歴代最長)

1973年英仏遠征、日本ラグビー初の海外
テストマッチ、世界最強のウェールズと対戦
上の写真は、その時の幻のトライ

2000年現場へ戻り、100数チームを指導

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