2017. 02. 03  
さあアタックは、早稲田のラインなのだから、上級生達が上手く運んでくれてボールがウィングに渡る時には、半ズレ、或いは抜けている状況、それでも鈍足で、後ろから追いかけられるのだから、スーとスピードを落とし(チェンジオブペース)、敵がタックルに来た際に、タックル練習で鍛えたコンタクト力体幹の強さも生かした『うしろへのハンドオフ』をかますことによって、『前への推進力』に変え、トライに結びつける、なんてことが出来るようになったのである。

逆にバスケットをやっていたことの利点は、『キックパスのキャッチ』である。オープンWTBの際、SOのキックパスSOとフラットな位置(味方CTBよりも前に居た)からスタートし身長163cmながら怖さ知らずの高いジャンプ力で捕球、トライする。

あるいは、ブラインドWTBの際は、『スタ横』は勿論、サインでない時もオープンライン後方をサポートに走り、何かミスがあっても『ミス処理で、逆にチャンスを演出する』などで頭角をあらわし、秋には『アイツ鈍足な筈なのに、どこにでも顔を出して、なんかしらんがトライしよるなー、使えるやん』との評価だったのか? その後も、レギュラー出場できたのであり、この辺は、『プレーヤーの使えるところを引出し、思いもよらぬ用兵のうまさを魅せる』、大西監督の素晴しいところか、、、

こうして、 オヤジに言われて、ウィングをやって、一番良かったのは、彼我のポジショニング、あるいは敵の『ゲームの展開を読む』ことに慣れ、自分は、どう動くべきかを考え、やってみて、判断が間違い失敗しても、そこから学習 して、また次を読む、などの『癖づけ』が、自然に鍛えられたということでは、 なかっただろうか。

このように初めは「上級生に、現場で教えを乞う」わけだが、物心がついていた私は、「何故、上級生の教えることが良いのか理解でき」、あとは「個人フリー練習で、自分で考えて練習したのだから、今になってみれば、自分は、どのプレーでも、どうして出来るようになったのか、思い出そうとすれば思い出せる」ということになり、これが、後の私のラグビー人生に、どのような影響を与えたか、次回に、、、


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プロフィール

Yokoi Akira

Author:Yokoi Akira
横井章(よこいあきら)

ラグビークリエイター
現役時代は左CTB、ジャパン10年で
17キャップ(キャップ対象が少なかった)

1968年オールブラックス・ジュニアに勝利

1970年以降5シーズン代表主将(歴代最長)

1973年英仏遠征、日本ラグビー初の海外
テストマッチ、世界最強のウェールズと対戦
上の写真は、その時の幻のトライ

2000年現場へ戻り、100数チームを指導

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