2017. 02. 05  
ここでまた『おことわり』させてもらうが、なぜ、こんな寄り道をして『ジャパンの足跡』と関係なさそうな、『自分の早稲田時代のことを、長々と書いているのか』と言うと、ひとつは、この『自分で出来ないことを取り出し、ならば、どうすればよいか、何を鍛えればよいかを、自分で考え、その練習方法も考えたという経験』が、後に私が、ジャパンBKリーダー、さらにキャップテンになって、他のプレーヤーを引っ張っていく際に、また、 種々の『新しいサインプレーを創出する』際などに、『私の大いなる財産』になったということを説明しておきたかったからなのであって、ご容赦願いたい

また、もう一つは、自分がラグビーをプレー出来なくなってから他人に教えるなど、当時は考えもしなかったが、26年後の2000年に現場に戻って現代の若いプレーヤーにアドバイスしようとした際、最初は、「当然自分がやってきた方法を、今の若いプレーヤーに教えれば出来る筈とやっても、その半分以上は上手く伝わらずに失敗する」ということに、唖然としたからである。

そこでも、ラグビーの本質は変わらない筈と理解出来ていたので、何が違うのかと、昔のことを思い出しながら今のプレーヤーを細かく洞察すると、、、

練習に費やす時間が、昔に比べて圧倒的に少ないということ
(昔は、たとえば大学1年生は、 昼食後にグランドに出て、夕方暗くなるまで約6時間以上もグランドに居た)
生活環境などの変化で、身体は伸長したが、身体をうまく動かす機能が低下していると思われること
(昔は子供の頃から外で遊んでいて、誰でもある程度の身体能力、基礎体力がついていて、動作も敏捷だったように思える)
自分で考え、自分で鍛えるべく、自分を追い込めるかメンタル面での醸成度が低いようにみえること
(日常は専任コーチなど居なくて、上級生が練習計画を立て、下級生を引っ張り、上級生が居なくなると、自分でやるしかなかった)

など見受けられ『昔と今の若者の身体とメンタル面の違いを把握し、そんな彼等に合った効率的な鍛え方を、一緒に考える事が出来て、初めて教えることが出来ると分かった』のであり、その後は、どんな『課題』にも、一応対策出来るようになったのである

即ち、昔のように十把一絡(ジッパヒトカラゲ・ひとまとめにして扱うこと)じゃなく、今の若者は、各個人をよく観察し、個人ごとに当たらねばならず、その上プレーヤー自身に『考える癖づけを植え付ける』のも重要で、そんなことを考えるにも、この早稲田での経験が、大いに役立ったことを、言っておきたかったからである。

ということで、今しばらく、早稲田時代後半についての私自身の成長につき書いてまいりますので、お付き合い下さい。


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プロフィール

Yokoi Akira

Author:Yokoi Akira
横井章(よこいあきら)

ラグビークリエイター
現役時代は左CTB、ジャパン10年で17キャップ
    (当時は、キャップ対象試合が少なかった)

1968年、オールブラックス・ジュニアに勝利
1970年以降5シーズン日本代表の主将を務める
    (いまだに、歴代最長記録)
1973年、英仏遠征、日本ラグビー史上初の海外
     テストマッチ、当時世界最強のウェールズ
     と対戦、写真は、その時の幻のトライ
2000年、現場に戻り、100数チームにアドバイス

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