2017. 02. 06  
さて次に行く前に、この1962~1963年の早稲田(私の大学2年生時)の結果は、どうなったのかと言うと、、、
結局、関東大学対抗戦 Bでは、『勝ちに拘った泥臭いゲーム』で全勝優勝に復帰、定期戦の早明戦では、対抗戦A優勝の明治を、早稲田17-8
明治で撃破、「ABの区分けに意味があるのか」との論争にまで発展した? そんな時期だったのである。

そして、『大西監督人心掌握術というか、そのカリスマ性』は大変なモノで、決戦前夜のジャージー伝達式の厳かさ(おごそかさ)や厳しさ(「明日の決戦に死ぬ気になれる自信のない奴、ジャージを返せ」とも言われる)、その後に、部屋を真っ暗闇にしたところで「一本のろうそく」を灯しての、『信は力なり』、『勝負に絶対はない、しかし絶対を信じない者に勝利はない』、などの名言と共に、闘争心を盛り上げるやり方は、本当にプレーヤー心を鷲づかみにして、奮い立たせるものであった。

そうして、 「ラグビーというモノは、科学的な手法を用いて、理論的に戦略 ・ 戦術を組み立て、実証的に実践していくものであるけど、最後のところでは、それらを超えるモノというか、『心と身体の連動』といったモノに対することについても、シッカリ準備すべき」ということを目の当たりにした、私にとっては、素晴らしい体験だったのである。
(このやり方を、オヤジは、後のジャパンに持ち込んだことは当然であるが、その際にはBKリーダーになっていて、いかなる時も冷静状況を把握しなければいけなかった私には、「あゝ、例の儀式やな」と、客観的に対処できるモノになっていたのである、、、笑)


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プロフィール

Yokoi Akira

Author:Yokoi Akira
横井章(よこいあきら)

ラグビークリエイター
現役時代は左CTB、ジャパン10年で
17キャップ(キャップ対象が少なかった)

1968年オールブラックス・ジュニアに勝利

1970年以降5シーズン代表主将(歴代最長)

1973年英仏遠征、日本ラグビー初の海外
テストマッチ、世界最強のウェールズと対戦
上の写真は、その時の幻のトライ

2000年現場へ戻り、100数チームを指導

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