2017. 03. 25  
オールブラックスjr戦寸評』 : 大西鉄之祐著『わがラグビー挑戦の半世紀』に記載されたもの

われわれは、すべてこの一戦に賭けていた。それは勝つとか負けるとかいうことではなく、日本のラグビーの実力を試すゲームとして賭けていたのである。どう戦うは、いろいろ考えた。最後に結論としたのは、つぎの三つである。

(一)捨身でいけば、必ず勝てるという信念で、プレーすること
(二)攻撃は、今まで練習したことを、自信を持って敢行すること
(三)相手の動きは、五戦法しかないから、防御は冷静に、相手の動きを見て、今はこれだと見きわめ忠実に防御網をしき、タックルは捨身でやること。 ゲームのペースとしては、相手は若いプレーヤーなのだから、最初から変化プレーで臨み混乱させ、こちらのペースで最後までやり、立ち直らせないこと

徹底した、こうした思想と意思決定が、この勝利を、もたらしたものかと思われる。取られた三つのトライは、最初、日本の早い防御ラインの後ろを、全く上手く突いたファインプレー。つぎは、万谷のミス、三つ目は、サインプレー。そのほかNZチームのやる定石的なプレーは、全部止めることができた。
攻撃は、 必ず五トライ以上とること、これも六つとることができた。四トライはとられる覚悟であった。
われわれに幸いしたことは、ABチームのバックスリーダーが、最後までわれわれの早い防御ラインを破る方法に、 気づかなかったことである。おそらく、われわれのリードが続いたため、あせって冷静さを失ったのではないか。
みんな選手は、よくやった。一生のおもいでになる ・ 快心のゲームであった。無欲の勝利と言えよう。            (昭和四十三年、筆者公式報告)

転載は、以上である。そして、この勝利の次の日の朝、私はNZ日刊新聞『ドミニオン』第一面を見せられ、驚愕するのだった。次回に続く、、、(


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プロフィール

Yokoi Akira

Author:Yokoi Akira
横井章(よこいあきら)

ラグビークリエイター
現役時代は左CTB、ジャパン10年で17キャップ
    (当時は、キャップ対象試合が少なかった)

1968年、オールブラックス・ジュニアに勝利
1970年以降5シーズン日本代表の主将を務める
    (いまだに、歴代最長記録)
1973年、英仏遠征、日本ラグビー史上初の海外
     テストマッチ、当時世界最強のウェールズ
     と対戦、写真は、その時の幻のトライ
2000年、現場に戻り、100数チームにアドバイス

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