2017. 03. 27  
下の写真が、翌日(6月4日)のNZ日刊新聞『ドミニオン』の第一面であり、題字下の囲みとして、当時は、 まだ主将でもない『横井』が顔写真付きで、以下の記事が載せられていたのである。

日本のラグビーチームが、昨日アスレチック・パークで、N.Z.Juniors23-19勝利 した。 観衆All Japan 選手達にどよめき、中でもセンターAkira Yokoi が、Juniorsレッスンをした
the centre Akira Yokoi gave the Juniors a rugby lesson.)

すなわち、小さなプレーヤーが、ディフェンスで彼らが見たこともないほどに前に出て、次々にビッグタックルを決め攻めては、考えられない素早さで段取り良くパスを回し接近して擦れ違いざまにゲインラインを突破していったことを見せられ、まさに「NZの選手の方が、教えられた」と解釈されたという、『最高の誉め言葉』を、書いてくれたのではなかろうか。

そして、この世界に先んじての『シャロー・ディフェンス』が、その後ニュージーランドでもDFシステムの一つに取り入れられ、さらには、当時のNZのプレーヤー達の多くが、『カンペイや、その他のFBやWTBの投入』、或いはスタンダードと言えど接近した中でやるように進化させた『ループや飛ばしループ』、また全く新しいラインアウトのオーバースローCTBが直接走り込みキャッチ』など、接近した中での細かい連携プレーに、大変驚くとともに自チームに取り入れていったことが推測されたのであった。

その証拠として、ほぼ50年間を経た数年前に、ソニー・ビル・ウィリアムズが三洋(現パナソニック)に来て、このラインアウトのダイレクト・キャッチをやりまたオールブラックスのゲームで、小柄なクルーデンだからこそ日本人並みにソニー・ビル・ウィリアムズと『段取りをつけて抜き去るプレー』を見せているなど、『日本独自のプレー』が、 ニュージーランドで脈々と受け継がれていることが、うかがえるのではなかろうか。


1968年6月4日、日本23-19N.Z.Jrで勝った翌朝のNZ新聞「ドミニオン」


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プロフィール

Yokoi Akira

Author:Yokoi Akira
横井章(よこいあきら)

ラグビークリエイター
現役時代は左CTB、ジャパン10年で17キャップ
    (当時は、キャップ対象試合が少なかった)

1968年、オールブラックス・ジュニアに勝利
1970年以降5シーズン日本代表の主将を務める
    (いまだに、歴代最長記録)
1973年、英仏遠征、日本ラグビー史上初の海外
     テストマッチ、当時世界最強のウェールズ
     と対戦、写真は、その時の幻のトライ
2000年、現場に戻り、100数チームにアドバイス

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