2017. 05. 08  
展開、接近、連続』の統一された思想を持つ・全日本チームは、1965年に活動を始め、1968年ニュージーランド遠征オールブラックス・ジュニア撃破を含む5勝5敗。1971年に来日したイングランドとは、2敗と言えども大接戦を演じた。

そして、いよいよ1973年、史上初めて、本場のヨーロッパに遠征することになった。選抜の25人は第一次(7月21~26日)、第二次(8月17~20日)第三次(9月1~5日)の合宿練習を経て、 9月16日に出発9月22日
10月27日の間に、ウェールズで5試合イングランドで2試合フランスで4試合、計11試合という強行スケジュールであった。

遠征メンバーは、、、
団長 ・ 金野滋(ウェールズ、イングランド)、大西鉄之祐(フランス)
コーチ ・ 横井久、主将 ・ 横井章、 選手 ・ FW 後川、原、大東、吉野、下薗、
小笠原、寺井、柴田、村田、井沢、赤間、山口、吉田、計13人、BK 今里、
宿沢、蒲原、井口、島崎、杉山、坂田、伊藤、藤原、山本、植山、計11人
と、8年前の活動開始時からのメンバー約半数、特にBK横井、坂田、 伊藤30歳を超えているなど、少々トウがたっている感じが無きにしもあらずだったか。(

そこでイングランド戦の教訓(古いメンバーだけで組み立てていては、故障者が出た場合に困ることになる)を生かし、なるべく古いメンバーの『職人技』を若いメンバーに引き継いでもらうべく務めたが、なにせ、 短い準備合宿では結局、満足できる状況には至らなかったというのが実情だった。
さらに、敵の状況も違っていて、ウェールズではモールに手を焼いた。倒してラックにせんとしたが、倒れても再び拾って、 モールにする技術が上手くて、 ポゼッション絶望的な様相を呈していたのである。

また当時世界№1ウェールズとのテストマッチでは、さすが国代表チームだけあって、身体のデカさFWセットの強さは、 ハンパなく、またBKは、その走力と、スキルがすさまじいものであり、45度の深いラインを引いて、我々のシャローディフェンスが全く届かないところから攻撃を仕掛けて来てその上に個人の力、技の持ち主、すなわちWTB・JJウィリアムスは100m10秒5、FB・JPRウィリアムスは速さの上に強く、SH・シェルのパスは長く、SO・べネットはパスを受けて俊敏に動くなど、まさに翻弄されたのであった。
続きは、次回に、、、


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プロフィール

Yokoi Akira

Author:Yokoi Akira
横井章(よこいあきら)

ラグビークリエイター
現役時代は左CTB、ジャパン10年で17キャップ
    (当時は、キャップ対象試合が少なかった)

1968年、オールブラックス・ジュニアに勝利
1970年以降5シーズン日本代表の主将を務める
    (いまだに、歴代最長記録)
1973年、英仏遠征、日本ラグビー史上初の海外
     テストマッチ、当時世界最強のウェールズ
     と対戦、写真は、その時の幻のトライ
2000年、現場に戻り、100数チームにアドバイス

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