2017. 07. 07  
日本のラグビー史上、初めて日本国代表として、統一された戦略、戦術の「展開、接近、連続」を携えて、1960年~70年代世界のラグビー界に、『オリジナル性豊かなJapanese style rugby』を披露し、その存在を大きく示した全日本チーム』の足取りを47回にわたり書いてきたが、この10数年にわたり、力を合わせ切磋琢磨して来たチームメイトも、特にBKプレーヤーは年令もかさみ、次世代にバトンを渡すべきと、私も国代表引退を申し出たがキャップテンの私だけは、それが許されずに、 『次世代への橋渡し役』として残れと、『1974年5月第2回全日本NZ遠征のキャップテン』の命を受け赴いたのだった。

そこで、早々にゲームの出場は、 若手中心に任せて行き、遠征中の練習を通じて、『ゲームマネージメント、および接近戦の伝承』に意を注ごうとしたのだった。
しかし、当時のBK若手は、私達より走力がありながら、例えば「基本スキルのタックルは姿勢が高く手で捕まえに行くといった感じ」で、「下のボールへの働き掛けで重要なセービングも、ぎこちなく」、パスやキックなども雑で、「こりゃ、基本スキルを初めから鍛え直さないと、、、」と感じたものだった。
さらには、まさにジェネレーションギャップで、「ゲームマネージメントも、シッカリ段取りよく実行するようにと落とし込もうとしたが、例の『フィーリングですよ、、、』といった感じで、、、」、遠征中の短い、切れ切れな時間では、とても伝えられるものではなかったように思ったモノである。

そして、この遠征から帰国した後は当時、当然アマチュアだった私は、 「長年にわたり会社に迷惑をかけたと」いうことから、ラグビー関係からは一切退き会社業務に復帰、専念する」ことにしたのだった。
そして20数年、「スポーツはやるモノ」で、やらないものには全く興味がなくなっていた私は、「ラグビーのゲーム観戦どころか、テレビ中継すら見たことがないという日々を送っていたが、会社定年の間近になって、『暇になったら何をしようかな』と考えた時、やはり「お世話になったラグビーへの恩返しか」と考え、ようやく最近のラグビーはと、テレビ中継を見始めてみて、「なんじゃこのラグビー」はと、唖然としたのである。
この続きは、次回に、、、


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プロフィール

Yokoi Akira

Author:Yokoi Akira
横井章(よこいあきら)

ラグビークリエイター
現役時代は左CTB、ジャパン10年で17キャップ
    (当時は、キャップ対象試合が少なかった)

1968年、オールブラックス・ジュニアに勝利
1970年以降5シーズン日本代表の主将を務める
    (いまだに、歴代最長記録)
1973年、英仏遠征、日本ラグビー史上初の海外
     テストマッチ、当時世界最強のウェールズ
     と対戦、写真は、その時の幻のトライ
2000年、現場に戻り、100数チームにアドバイス

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