2011. 02. 03  
「何かについて、どうするか?」 を考えるには、その「現場」をよく洞察して、徹底的に考えるのが肝要である。

「グリコ」の創業者・江崎利一は、当時の子供を観察し、「食べて、遊ぶ、また遊んでは、食べる」。これをひっつけたらと「オモチャのおまけ付きキャラメル」を思いついた。また社員にも徹底して「創意工夫」を説き、チョコレート系の菓子販売不振の際も、「チョコレートを手を汚さず食べられる『ポッキー』の大ヒット 」にたどり着かせた。

しかし、今の子供は、「本当に食べないし、平気で残す」、幸いなことに、食べることに不自由はなく、 「食べることに、楽しみが見出せない」のではないだろうか?「親が全部つくって、ただエサのように食べさせてくれる」しかし、 そこに楽しみがなく、感謝の念もない?
これも「鉄は熱い内にうて」で、子供のころに一緒に「食べるものをつくる手伝いをさせれば、つくる楽しさを感じるだろうし」「ワイワイ喋りながら、つくりながら食べれば、食べる楽しさも満喫出来るだろう」と考えれば、、、

そんなことを、どのようにすれば出来るのだろうか?
そのとおり、「バーベキュー」「チーズホンヂュ」「各種鍋物」(スーパーへ行って鍋物スープの種類をみれば、どんだけあるか、、、)「ホットケーキ」「お好み焼き、タコやき」など、何でもあるのでは、、、

要するに、「食べる」のも「自分で工夫してつくる喜びを感じ、みんなと一緒に食べてもらって人を楽しませる喜びを感じさせれば、自然に子供も食べることが好きになるのではないか」
そして「後片付け」も一緒にやる。「楽しみの後には、若干やらねばならないこともある」と感じさせるのも、躾の一つ。

そして、小さい時から「そういうもんだ」と思っていたら、それが「スタンダードになる」。こういうことで「料理と身体と活力の関係」に興味を持たせ、親が料理を手伝わせながら言い聞かせれば、子供にもその知恵が伝承され、「生きる」ことについての「人生の先輩」と認識、親を馬鹿にすることもないだろう。そうすれば今度は、母親だけが早起きしてつくってくれた「朝食」を本当に「いただきます」という気持ちで、残さず食べられるのではないだろうか?

料理の達人「道場六三郎」が先日、80歳の集大成として人を招き「もてなし」をした。80歳の彼でさえ、いまだ「行きつ戻りつ、日々精進しているという」そして、弟子達が間違っていれば、その場で叱咤激励する。そして料理の本質は「思いやり」だと言っていた。

今の日本、確かに色々な環境が変わり、人の考え方、行動が変わってしまった。だけど本当に「変わらない本質は何なのか?」をその現場で考え、「そのことに対し、自分は何が出来るか」を、「みんなが、本気に考えれば」、そして「間違い」は間違いとはっきり言い、また「やらねばならないこと」はきっちりやらせれば、まだまだ、修復出来る余地があるのではないか?

すなわち、自分の子供が今後生きていく上で、一番大切な「食べる」ということに対し、本当に「思いやりのある食育」をやるべきではないのか?


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プロフィール

Yokoi Akira

Author:Yokoi Akira
横井章(よこいあきら)

ラグビークリエイター
現役時代は左CTB、ジャパン10年で17キャップ
    (当時は、キャップ対象試合が少なかった)

1968年、オールブラックス・ジュニアに勝利
1970年以降5シーズン日本代表の主将を務める
    (いまだに、歴代最長記録)
1973年、英仏遠征、日本ラグビー史上初の海外
     テストマッチ、当時世界最強のウェールズ
     と対戦、写真は、その時の幻のトライ
2000年、現場に戻り、100数チームにアドバイス

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