2011. 02. 24  
例えば、昨日のような練習を、「横井さん、そんな練習は古いですよ」という人が居ると思う。
それでは一度、こういうことをやってみては如何?

ゲーム中に3対2になったが、深いラインで斜めに走っていたので、敵ディフェンスにずれられ、「一人あまり」を生かすことが出来なかったプレーヤー、或いはエキストラマンを近くに入れて抜かせようとしていたが、自分が斜めに走っていて、敵ディフェンスを殺せず、エキストラマンに渡した時に敵ディフェンスに捕まらせてしまったプレーヤーに、私の練習方法を1週間ほどやらせてもらって、ゲーム中にどう変わったか、また本人にもどう感じたか、聞いてもらえば如何?

少なくとも、マーカーをおいて、まっすぐより内側に走らせてパスして終りという「マーカーで指示された動きを何も考えないでなぞるだけの練習」と、広いグランドの中で、自分がこのキャンバスにどのように線を引こうとしているのか、またなぜこのゴールに直角に走ることがゲームのどんな時に重要なのかを考えながら走る、「まさにゲームを考えながら走る練習」と、どちらが意義あるものなのか、「考えてやらねばならぬ練習」という観点からみれば、自明の理であろう。

古い練習と新しい練習、その違いの諸悪の根源は「マーカー」である。私の独断で言えば、「マーカーは、外国で、誰でもが同様のスキルレベルを有し、誰でもをオールラウンドプレーヤーに育てる際に、教える側の論理で便利なように使われている用具」である。外人はその中でも、個性を持って考えられるかもしれないが、そのように育てられた所詮オールラウンドプレーヤーというのは、「大まかなプレーしかできない便利屋」ではないか?

このマーカー方式を、指示待ち人間になってしまった日本の若者にさせると、「何も考えないで、マーカーをなぞるだけのまったく無駄な練習」になってしまい、身体のない、身体能力のない日本人が目指すべき「各ポジションのプレーヤーがそのスキルを極限まで突き詰めて取得し、それらプレーヤー15人が集まって行う緻密なラグビー」には、まったくなじまない練習になってしまうのではないか?

だから、古い、新しいじゃなく、本当にいまの日本の若者に教えるには、どのように「考えねばならない練習をさせるべき」かということが、重要なのではないだろうか。
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プロフィール

Yokoi Akira

Author:Yokoi Akira
横井章(よこいあきら)

ラグビークリエイター
現役時代は左CTB、ジャパン10年で17キャップ
    (当時は、キャップ対象試合が少なかった)

1968年、オールブラックス・ジュニアに勝利
1970年以降5シーズン日本代表の主将を務める
    (いまだに、歴代最長記録)
1973年、英仏遠征、日本ラグビー史上初の海外
     テストマッチ、当時世界最強のウェールズ
     と対戦、写真は、その時の幻のトライ
2000年、現場に戻り、100数チームにアドバイス

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