2011. 11. 18  
ブログ読者から、長文の「お便り」が来ているので、、、

<東京のSS氏:DVDの貸し出しに関して、大変貴重な映像のご紹介を、ありがとうございました。
まず簡単に、私の経歴を伝えさせていただきます。現役時代は、CTB⑬(横井さん流にいうと右センター)でした。1992年法政大学卒業、Y電機入社。現在、41歳。指導歴;2001年-2005年法政大学コーチ、2010年-2011年Y電機コーチ

私自身のラグビーに対する考え方で、もっとも強く影響を受けた人物は、師匠でもある島崎文治氏です。法政大学時代は、島崎監督のもと、大変厳しい指導を受けました。横井さんのブログを読んで、「わからないところ、質問したいところ」は?の問いに関して、正直、わからないところ、質問したいところは、ほとんど
ございません。というより、ほとんどが納得、理解しております。
また、DVDを拝見させていただきましたが、多くの人が感想として述べていた「究極のシャローディフェンス」の速さに驚いた!「接近アタック」の精度とスピード、テンポの速さにビックリ!的なコメントでしたが、私の中では、イメージしていたとおりの動きで、やはり、こういうことだよなぁ、そうだよなぁ、と納得しながら見させていただきました。もちろん、当時の全日本が、これらのディフェンス、アタックを遂行するにあたり、並々ならぬ訓練と努力をされたのであることと、推測いたしました。
なぜ、みなさんがこれほど驚いていたのに、私には想定していたとおりの動きだった、と言えるのかというと、その理由としては、島崎氏の指導方針、ラグビーに対する考え方、取り組む姿勢等と、横井さんのブログに書かれている内容、考え方が、ほとんど同じだったからです。表現方法は若干の違いはございますが、考え方は、ほぼ同じで、我々が学生時代の4年間に受けてきた訓練が、横井さんらの全日本の選手が実施されていた訓練に、ものすごく近いものであったのではないかと、推測するからです。
「何を言ってんだ!」「オマエらにあの動きの意味の理解と、その動きができるのか?」と思われるかもしれませんが、その訓練は、かなりの高い水準で実施されていたと、感じております。
(実際の動きや質に関しては、横井さん達が実践されていたレベルには、及ばないかもしれませんが、、、)
学生当時に、我々が島崎氏に受けた指導内容は、横井さんのブログでのお話の中心となる「日本人(代表)が世界と対等に戦うには・・・」とは、スケールが違う話ではあるのですが、考え方としては、当時、体の小さい選手が多かったチームであったため、
「柔よく剛を制す」的な部分を追求するやり方でした。
・背番号重視のラグビー(各ポジションの役割・責任の明確化)
・小さいFWが大きいFWを負かすために、絶対に走り勝つ
・タックルは激しく、低く入る
・ポイントへは絶対に相手より早く寄る
・セットプレーは、常に相手よりは早く準備
・そのための意志統一された動きを徹底的に訓練
・相手の先を行くディフェンス=徹底的に前に出ることで圧力を
 掛ける
・それを続けて行くことで相手がキックをしてくる→その処理方法
・相手の先を行くアタック=「突いて→放す→スレ違い」
・常に相手より早くラインを整備する
・適切なラインの深さ→深いラインから浅いラインへの修正は
 きくが、浅いラインから深いラインの修正はきかない
・原則、意図的にモール、ラックを作らない
・ライン間隔は平パスの供給で素早く回せる距離で整備
 (原則スクリューパスは使用しない)

私が学生時代に島崎氏に受けた指導が、現在も私の指導方針の基本的考えであることは、いまだに変わっておりません。横井さんの話にあった、環境の変化に伴う体力の低下→和式から洋式トイレに変わっていた影響、海外ラグビー、海外コーチが与える日本人への悪影響には、なるほどなぁ、ズバリそのとおりと、思うことばかりです。
他にBK選手においても、真っ直ぐぶつかっていく選手が、非常に多いと感じます。どうしてボールをもらうのに、もっと駆引きや勝負をしないのか、相手の動きを見てズラそうとしないのか、決めたことしかやろうとせず、なぜウラをかいたパス、プレーをしないのか、、、等々といった・疑問に思うことがよくあります。個人の体格・体力はかなり向上しているようですが、個人の技術力はかなり低下していると思います。特に組織的な細かい動きがなく、
例えばCTBの1タテ、2タテといった動きにおいても、ただ単純にパスに対してタテに走って、相手がいてもぶつかっていく、というような芸がない攻撃をよく見かけます。なぜ、もっと息の合った動きで相手DFより、先を行くATをしようとしないのだろうか、ボールを触らない選手が、相手を引き付けるような動きをしないのか、等々疑問を感じます。DFにおいても、網を張った面で追い込む形を意識し過ぎるがゆえに、間合いをつめることとの優先順位が、逆になってしまっているような気がします。
個人的には、普段の練習で技術をしっかりと磨いて、相手との勝負を挑むことをイメージしておりますが、今どきのラグビーが完全にぶつかり合い重視の”プロレス化”してしまっている点は、非常に残念に思えます。とはいうものの、このようなラグビーが主流(?)であるがゆえに、横井さんや島崎さんが追求するラグビーが、逆に新鮮に感じ、理に適ったラグビーであることで、存在価値を見出せると感じていました。
もっと、相手を技で抜く、知恵を使って相手を翻弄する。といったラグビーを追及していきたいものです。「当たり前のことが、当たり前にできる」ことをテーマに、自分がイメージすることが選手に対して、うまく伝えていけるよう、自分自身への理解をもっと深めていきたいと考えています

<横井回答:長文のメールありがとう。島崎君とは、学年で3年、歳では4年空いていると思いますが、ジャパンでも尾崎氏、島崎君の両人と、左右センターとして組んだもので、早稲田方式を伝授したものです。その後、両人は法政をコーチし、最近まで、法政が「前へ出るディフェンス」「アタックでも、近場にエキストラマンを入れる」など、1960~70年代の良いラグビーを一番残していて、感心していたのですが、私のブログでも書いたように、ここ数年前からディフェンスを前へ出さなくなったと聞いて、本当にがっかりしたものです。今の法政の低迷は、これに尽きます。今一度、「前へ出るディフェンス」を復活して欲しいものです。
また、貴方が感じて頂いたように、今のラグビーの原理原則に外れていることの是正に関して、法政、Y電機をはじめ、いろいろな場で啓蒙頂き、私の運動に賛同頂ければ、幸いに存じます

とまぁ、やはり同じCTBでないとわからんわなー。文治もよく頑張って教えていたんだなーと、感慨しかり。私が11年前現場に戻った時に、こういうものが一番残っていたと感じたのは法政だけ、他の大学は、みんな消えていた。早稲田でさえも、、、そして数年前、文治と再会した時に、「高校を教えるのに、何か資料くださいよー」と言われ、渡したこともあるなど、今も頑張っているようだ。だから、昔の彼の失敗あの伝説の1968年オールブラックスジュニア勝利戦の時、8ミリ撮影担当していたのが
しかし横井の素晴らしいタックルに興奮、ファインダーからのぞくのを忘れ、撮れた映像は地面が映ってるだけ、、、故に映像が残っていない。ニュージーランド側も、ないと言い張る。だから、
あの大事一戦映像残存していない、どうしてくれるんや文治!!の件も、そろそろ許してやるか。(笑)


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Yokoi Akira

Author:Yokoi Akira
横井章(よこいあきら)

ラグビークリエイター
現役時代は左CTB、ジャパン10年で17キャップ
    (当時は、キャップ対象試合が少なかった)

1968年、オールブラックス・ジュニアに勝利
1970年以降5シーズン日本代表の主将を務める
    (いまだに、歴代最長記録)
1973年、英仏遠征、日本ラグビー史上初の海外
     テストマッチ、当時世界最強のウェールズ
     と対戦、写真は、その時の幻のトライ
2000年、現場に戻り、100数チームにアドバイス

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