2010. 09. 23  
もうひとつ、答えるのが難しい質問がありました。

<面白い話ありがとうございます。 ひとつ質問なのですが、オールブラックスJrに勝った時の話です。
あの頃は古き良き早稲田ラグビーで、パスで回しながらの前に出るラグビーだったと思います。
ちょっと前に桜とシダの会のラグビーを拝見しまして、赤パンツ紫パンツ金パンツを履くプロフェッショナル達の機敏さに驚きました。
ところが最近、全日本勝利の影の功労者は、フォワードだという主張を聞きました。
つまり、当時互角のスクラムを組んでこそのラグビーだった、と。 一理あると思ってまして、CTBの横井さんの話と矛盾するわけでもありません。
ただ、日本のラグビーを向上させるためには、スクラムにも目を向ける必要があるかな、と思います。
ルール変更もあって、かつての全日本プロップが必ずしも今の指導ができるわけではないとは思いますが、 代表経験者として、当時のフォワード事情をご存知でしたら教えて頂けると嬉しいです>


という質問です。しかし、以前にも申し上げたように「このオールブラックスJrのゲームの映像は、日本にないのです。ニュージーランドでは撮影している筈なのに、門外不出なのです」私も見たことがなく、40数年前のゲームが、どうであったかは、特にあいだに、20数年ラグビーから離れていた私には、正確に思い出せません。
なお、「ラグビーゲームの影の功労者は、常にフォワード」であり、どなたがどういう意味で言われているのか、知りませんが、フォワードならば、当然そう主張するでしょう。ただ、「互角のスクラムを組んでこそ、、、」は、「スクラムで消耗しない為に、ダイレクトフッキングをしていたとか、ボールの獲得率が20~30%と極端に低かったということからは、ホントに互角?」とも思いますが、それは、その人に聞いて下さい。

なお、現在のゲームでは、まさにプロップの優劣でゲームの勝敗が決まる様相であり、学生が社会人に勝てなくなったのは、高校時代にスクラムの押し合いが規制され、大学の4年間だけでは、社会人に対抗できるプロップに育て上げられない為、スクラムで負けるからです。また、フォワードの優劣をひっくりかえせるほど、優秀なバックスが居ないからです。

ちなみに、私はあのオールブラックスジュニアとのゲームの勝因は「彼らが経験したこともないほどの速さで前へ出た・全日本のシャローディフェンスであった」と思います 帰国後に大西監督が書かれた文章などで、確認下さい。

また、「今後日本のラグビーを向上させるには、スクラムに目を向ける必要がある」のは当たり前のこと。
そこで、ルールの変更(昔の職人技が使いにくくなっている)にも対応し、さらに現代の若者の身体、身体能力の変化についても考えて、かっての全日本プロップが、指導できるのが、もっとも望ましいのも、当たり前のこと。そんな彼らが居れば、大いに期待したいものです。

最後の「代表経験者として、当時のフォワード事情を御存じでしたら教えて下さい」というのは、「どういう意味なんでしょうか?当時の事情とは?またそれをあなたが知って、どうするのですか?」
かっての全日本プロップが、今のプレーヤーにどう教えるかは、「彼らが自分の経験をどう生かして、どう教えるべきか、彼ら自身が考えることではないでしょうか」

誤解のないように申し上げておきますが、私は「オールブラックスジュニアに勝った時のラグビー」を、今の若者に教えているわけではありません。「今の日本の若いラグビープレーヤーが、しかるべく練習すれば出来るであろう日本オリジナルなラグビー」を教えているのです。
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プロフィール

Yokoi Akira

Author:Yokoi Akira
横井章(よこいあきら)

ラグビークリエイター
現役時代は左CTB、ジャパン10年で17キャップ
    (当時は、キャップ対象試合が少なかった)

1968年、オールブラックス・ジュニアに勝利
1970年以降5シーズン日本代表の主将を務める
    (いまだに、歴代最長記録)
1973年、英仏遠征、日本ラグビー史上初の海外
     テストマッチ、当時世界最強のウェールズ
     と対戦、写真は、その時の幻のトライ
2000年、現場に戻り、100数チームにアドバイス

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