2012. 03. 16  
さて前日に続いて、DFの提案をする前に、DFそのものについての話をやろう、、、ちょっと古い話で恐縮だが、DFの基本
語るのに、大変重要なので、ご容赦願おう。

私は1973年のジャパン初の英仏遠征、そして74年の第2回ニュージランド遠征をキャップテンとしてやり終え、それでもって
現役を引退してから、2000年に現場復帰するまでの26年間はラグビー現場から全く離れていた。故に、その26年間のことについては定かではなく、多分に推測で言っているので間違っているかもしれないし、古い人間が言っていることなので、用語概念の捉え方も違っているかもしれない。その辺のところは、ご自分で判断して、ご自分なり読みかえて理解して頂けたらと思います。

そういうことで、私が12年前に現場に戻り、「現代のDF」をみた時、一番びっくりしたのが「DFが前に出ない、アタック側の動きを見てから出ること」、「対面の内側から出ていること」、「自分の対面がパスしたら、ずれて次の敵にもタックルに向かうという、難しいことをやっていること」また、「横一線で、あれなら接点で繋げば、それだけでトライされるやんということ」であった。
これらは、後には「現代のDF」は数種類あって、それぞれの歴史があることも、また私の疑問も、それぞれの一面しか表していないという側面理解出来たのであるが、現代の日本人(この「日本人」の使い方の意味は、体力、走力が敵より劣っている者という意味のことと理解願う、すなわち「小よく大を倒す」ことを狙う際の「」である意味)のDFとしては、これら数種類のDFの考え方が「ごっちゃ混ぜになっていて、日本人には少々不適合になっていないか」と思うところが多いのである。

即ち、「ドリフトDF」というのは、1973年の英仏遠征時に、当時世界一であったウェールズと戦い、唯一「ジャパンの究極のシャローDF」が機能しない程の、深いラインからの走力にまかした攻撃を見せられ、またその数日後、フランスでウェールズとフランスのA代表の試合があって、A代表では走力に勝るフランスが、
アップドリフト」の素晴らしいDFをして、勝利したのを見て、その後のジャパンが私達より走力があったので(世界に比べては、当然ないのに、、、)取り入れたものと推測するが、日本では、この「アップドリフト」の「アップ」を忘れてしまって(ドリフトのシチュエーションの中で、敵の人数が多い時は前に出ないで下がりながら数を合わせる場合に勘違い?)、「前へ出なければ、大きい者に間合いを与えて、ますます倒しにくくなる」「対面の内側から出れば、走力が上の敵にはそれだけで外側抜かれる」・ドリフトに、変わって仕舞っているのではなかろうか。
またその後、世界ではプロ化が進み、若い時から身体を鍛えられる時間が出来て、またプロラグビーのボールの供給がたやすくなった展開ラグビーの影響もあって、「横一線の相互依存型
DF」になっていったと推測、しかし日本では、ますます身体を鍛えること、身体能力の退化が見られて「1対1でも止められないのに、二人目も狙うということは、より難しいDFとなって、前へ出ることが出来ず、そのため対面へのプレッシャーも弱まった」のではなかろうか?

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③:DFの質問に答えて、、、
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プロフィール

Yokoi Akira

Author:Yokoi Akira
横井章(よこいあきら)

ラグビークリエイター
現役時代は左CTB、ジャパン10年で17キャップ
    (当時は、キャップ対象試合が少なかった)

1968年、オールブラックス・ジュニアに勝利
1970年以降5シーズン日本代表の主将を務める
    (いまだに、歴代最長記録)
1973年、英仏遠征、日本ラグビー史上初の海外
     テストマッチ、当時世界最強のウェールズ
     と対戦、写真は、その時の幻のトライ
2000年、現場に戻り、100数チームにアドバイス

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