2010. 09. 29  
また、答えにくい質問がありました。今度は、皆さんも[答え]を考えて下さい。
とりあえず、質問だけ、記載します。なお、最初は「秘」扱いで来たのですが、二つ目はオープンで来たので、公開してもよいのではと思い、最初の質問から、載せさせてもらいます。質問者の方、ご了承方。

<最初の質問:非合理なものと合理的なもののバランス
横井さん、ラグビーに関する理論の開示、感謝申しあげます。そこで、ご質問です。
ラグビー競技人口拡大に悩む、大分の田舎の町のひとりです。その中で、ひとつコメントを頂けたらと思います。
1)横井さんがいうように、「身の丈」にあった練習メニューを実行することが肝心であると思うのですが、非合理的な練習のメニューをコーチとして織り込むということは、必須と考えているのでしょうか?
質・量・年代・ラグビーの選手個人の位置づけ等、非常に曖昧な回答になるかと思うのですが。早稲田時代のエピソード、大西理論の「理論たる」所以、非合理と思われた練習が実は合理的であると思われる事例、あるいはその反する事例を教えて下さい。
選手にラグビーを好きになる前に辞められたら困るというジレンマ、わたくし自身、高校時代、ラグビーの監督の不条理な練習メニューに疑問をもち、柔道を選択したものです。
横井さんにとって、合理的・非合理的なものの「視点」が 、変遷したのかも教えてください。>

<二つ目の質問:感情のスポーツでもあり
東伏見グランドのさよならイベント(2002.7.7)、清宮さん藤島大さんの著書で「大西先生のノート」を一部拝見させていただいたのですが、物理学の計算筆跡・数式もふんだんに記載されておりました。あらゆる分野の知識を総動員、理論構築を図った跡が印象的でした。そのことが、どのように当時の選手たちに伝達されていたのか、あるいは討議されていたのかも教えてください。難解な理論がいかに咀嚼されていたのか、化学反応(大西理論が進化?)もしていたのか、横井さんが感じた「理論」と、感情的な指導とのバランスがどうだったのか(例.盃を試合前に落とし檄を飛ばした等)お聞かせください。ラグビー競技の特性に、肉体的な厳しさと同様、「知的な要素」が大きく存在してるからこそ、「情」の部分とともに、「理論」がおおいに議論されるべきことだと思われます。最近、サッカー関係の「理論本」も沢山刊行されていますが、ラグビーも「知的遊戯」を活発化させたいなと、一フアンで考えております。
理論と感情・情緒の狭間で、指導者と選手の人間関係・競技人口の拡大も決定されているように思えます。すくなくとも選手が「ラグビー」を嫌いにならない指導者像が求められている、そんな中で、横井さんのブログを拝見させていただいております。>


ご質問が多岐にわたり、全部にお答えするのは大変なので、大西理論など「温古知新」《過去の事実を研究し、そこから新しい知識や見解をひらくこと》の部分は、書籍などで調べて貰うとして、私は「三現主義」(現場・現物・現実の三つの現を重視すること。問題が発生したときに、机上で判断するのではなく、現場で不具合の起きた現物を観て、どのような状態であるのか『現実』を確認することで解決を図る)にのっとり、今の現場でどう考えるべきか、どう指導すべきか、が現実の問題だと思います。
なぜなら、これも以前に書いたと思いますが、「大西理論」や「大西指導法」が今でも有効かという視点じゃなく、大西さんが「今生きておられたら、どう考え、どうされるか?」と考えるべきだと思うからです。
今迄のブログで、いろいろ書いているので、読み返して貰えば、おおよそ答えが出てると思いますので、「この疑問の答えは、これじゃないか?」と皆さん方で、当てはめて貰えば如何でしょう。
まあ、具体的な回答は、今夜一晩考えますわ、、、
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No title
先日は答えにくい質問で失礼いたしました。。少々自分でも調べてみましたが、決して体格的・スキル的には勝っているとはいえず、互角にするためのテクニックや理論があったようですね。展開理論がフォワードの負担を減らすことにも寄与したと思います。

上記の件ですが、あまり理論とか非理論とかに拘る必要はないんじゃないでしょうか。理論と経験は相反するものではなく、補完しあっていると考えて良いと思います。上記の例において、非合理な部分というのはメンタル面であることに着目します。メンタル面に着目したコーチング論は、米国の経営学やスポーツ心理学で展開されているようで、だいたい「主役にさせる」ことによって能動的にすることに帰着できると思います。

果たして米国の精神文化と日本の精神文化が同じかと言えば、必ずしもそうではないと感じます。「お前がナンバーワンだ」と言われるよりも「食らいついてこい」と言われたほうがやる気でますもの。しかし、明文化熱心な欧米とは異なり、暗黙の習慣で動く日本では日本の精神文化が特段理論化されているわけではなく、その理論的未発展がゆえに不合理に思われるというのが私の結論です。

したがって、「不合理な練習をメニューとして組み込む」のではなく「選手を強化あるいはモチベートするためなら一見不合理であっても不思議ではない」であるのが答えになるのではないでしょうか。プライオリティは選手能力の向上にあるべきです。
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プロフィール

Yokoi Akira

Author:Yokoi Akira
横井章(よこいあきら)

ラグビークリエイター
現役時代は左CTB、ジャパン10年で17キャップ
    (当時は、キャップ対象試合が少なかった)

1968年、オールブラックス・ジュニアに勝利
1970年以降5シーズン日本代表の主将を務める
    (いまだに、歴代最長記録)
1973年、英仏遠征、日本ラグビー史上初の海外
     テストマッチ、当時世界最強のウェールズ
     と対戦、写真は、その時の幻のトライ
2000年、現場に戻り、100数チームにアドバイス

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