2012. 10. 11  
山中伸弥京大教授が、ノーベル医学生理学賞に輝いた

彼は中学・高校で柔道、大学ではラグビー部員で、現在はフルマラソンに参加するほどのスポーツマンであるという。その間、10回も骨折などのケガをしたことが、医学を志したキッカケになり、最初は整形外科医を目指したが、手術が苦手で研究活動に転じ、アメリカに渡ったが最初は初歩的な仕事ばかりに悩みながらも、次第に成果をあげ帰国、しかし研究環境が整っていない日本の大学では自信をなくし、一時は研究生活を諦めかけ、採用されそうもない奈良先端技術大学院大助教授の募集に応募し、「採用されなかったら研究をやめよう」と臨んだところ合格してしまった、など、幾多の「挫折」を味わった。そこで「自分は一度は研究者として一度死んだ身、神様が気まぐれで研究の場を与えてくださったのなら、不可能と考えられ他人がやらない研究・細胞初期化を選ぼう」としたのだという。

その彼の好きな言葉は、「人生万事塞翁が馬」。若い人へのメッセージとしても、よく語る言葉という。(まさに、自身が通ってきた道。意味がわからない人は、自分で調べて下さい)

さらに、彼がよく語るのが「実験の現場では10回やって1回成功すれば良い程の確率であり、失敗することを恐れず挑戦することが重要である」と、
スポーツで培った真面目さと、ひたむきさを、強調することであり、彼自身、いざ決めたら、それを実行する集中力が素晴らしかったらしい。

また、スポーツを通じての人とのつながりで生まれたと思われる「他人への思いやり謙虚さ」が、彼のまわりに素晴らしい助っ人を呼び寄せ、たとえば彼とともに実験した工学部出身の高橋講師発想(24の遺伝子の中から、どの組み合わせで幹細胞ができるのかを導き出すのに、組み合わせを全部実験するとすれば、莫大な数になるところを、24全部から関係のないものを抜いていく方法)を採用して、4っつの遺伝子の組み合わせに到達したこと、また、今後難病の患者に広くこの恩恵が行き渡るよう、逆に京大の研究所が特許を取り、広く公開することを目指しているなど、本当に素晴らしい考え方であり、これこそノーベル賞ものの考え方ではなかろうかと、不遜にも、感銘を受けるものである。



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Yokoi Akira

Author:Yokoi Akira
横井章(よこいあきら)

ラグビークリエイター
現役時代は左CTB、ジャパン10年で17キャップ
    (当時は、キャップ対象試合が少なかった)

1968年、オールブラックス・ジュニアに勝利
1970年以降5シーズン日本代表の主将を務める
    (いまだに、歴代最長記録)
1973年、英仏遠征、日本ラグビー史上初の海外
     テストマッチ、当時世界最強のウェールズ
     と対戦、写真は、その時の幻のトライ
2000年、現場に戻り、100数チームにアドバイス

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