2012. 10. 29  
四つ目は、出て来た課題に対して「どう鍛えたのか?どんな練習をしたのか?」ということについて、みてみると、、、

吉田は29歳になっていたにもかかわらず、母校に戻って、大学生、高校生の後輩達とまったく一緒の厳しい練習に、挑戦したのである。たとえば、組み合ってやるために、腕力上半身の力を鍛え、また下半身の強化と、耐久力をつけるために、後輩をおぶって坂道を駆け上がる、それも自分は50Kgなのに、73Kgと72Kgの後輩二人、合計145Kgを背負って上る
など、地道な体力つくりに懸命に取り組むとともに、食生活でも、たとえば筋肉をつける為にトレーニングのあと30分以内に食事するなど、目的に対して的確に、またしっかり足らざるところを補い変えねばならぬところを、なんの迷いもなく変える努力を惜しまなかったのである。

さらに、タックルをかけに行って返されたことについては、「姿勢間合い、攻めるべき敵の部位、そこへの力をかける方向」など、すべて試合シチュエーションに則したかたちで、対応策をコーチともよく共有して、徹底修正したのである。

日本ラグビーでは、この段階の目的意識あいまいで、たとえば大学では、まだ身体つくり、身体能力を伸ばすべき時期に、トップリーグを終えた者が大学のコーチに就いて、トップリーグプレーヤー時代のトレーニング方法・タイムスケジュールを、そのまま実践させる。あるいは、外人コーチは、
自国でのやり方」を、日本の大学生に合うかどうか視点なしに勧める。要するに、その実際現場で起こっている課題から判断しないで、「何が問題であるのか?」「その課題の対応策で、やるべき順番は何か?」「その時期に、どういうことに、どれだけ、時間をかけねばならないか」などの考察不十分なまま、トレーニングが行われていることが、多いように見受けられるのである。

さて、吉田対応策トレーニングでの成果は、どうであったのか?については、また明日、、、(笑)




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プロフィール

Yokoi Akira

Author:Yokoi Akira
横井章(よこいあきら)

ラグビークリエイター
現役時代は左CTB、ジャパン10年で17キャップ
    (当時は、キャップ対象試合が少なかった)

1968年、オールブラックス・ジュニアに勝利
1970年以降5シーズン日本代表の主将を務める
    (いまだに、歴代最長記録)
1973年、英仏遠征、日本ラグビー史上初の海外
     テストマッチ、当時世界最強のウェールズ
     と対戦、写真は、その時の幻のトライ
2000年、現場に戻り、100数チームにアドバイス

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